「第2の国鉄」を絶対に作らない
整備新幹線再開の大前提

 国鉄再建監理委員会が1985年7月に発表した最終答申「国鉄改革に関する意見―鉄道の未来を拓くために」は、整備新幹線について「地域住民の要望が極めて強いが、現在の計画によれば膨大な投資を必要とし、また新会社の経営に大きな影響を及ぼすことが予想される」と指摘。「予想旅客需要と投資均衡」「在来線の収支に与える影響」「財源問題」「技術開発によるコスト低減の可能性」を考慮して判断する必要があると述べた。

 それでも推進派の勢いは止まらなかった。JR発足直前の1987年1月、政府は整備新幹線建設を当面凍結するとした1982年の閣議決定の廃止と、解体が決定していた日本鉄道建設公団を存続させ、整備新幹線の建設主体とする方針を閣議決定した。

 背景にあったのは1985年の「プラザ合意」以降、国際公約となった内需主導型経済の推進、東京一極集中から多極分散型国土形成への転換だった。だが、大蔵省は整備新幹線に懐疑的だった。1987年頃に議員・マスコミへ配布した「非公式文書」は、次のようにJRの経営への悪影響を懸念した。

整備新幹線の建設により、新会社の経営が成り立たなくなったり、あるいは、それを回避するために新たな財政負担が必要になるようなことになれば、第2の国鉄を生むことになり、何のために10数兆円の国民負担の下に国鉄改革を実施するのか分からなくなる。新会社の負担になりさえしなければ、いくら財政の負担(=国民負担)が増えようとかまわないということであれば、国鉄改革の考え方に全く背馳すると考えられる。

 政治的圧力と大蔵省の牽制を受ける中、運輸省は「現実的な考え方」に立ち、規格を縮小して建設費を半分以下に圧縮する暫定整備計画を立案した。その大前提は、国鉄改革に逆行しない、「第2の国鉄」は絶対に作らない、「国鉄の二の舞いは避ける」ことであった。