「頑張っているのに、なぜか成果が出ない」「同じ土俵にいるはずなのに、あの人だけ涼しい顔で結果を出している」――そんなモヤモヤを抱えたことはないでしょうか。『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の著者・山口周さんは、その差を生む正体は「頑張っているかどうか」ではなく、「何によって自分を動かしているか」にあると言います。それを鮮やかに証明したのが、1910年に人類初の南極点到達を争った、ノルウェーのアムンゼンとイギリスのスコットの物語です。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)

「頑張っているのに結果が出ない人」と「涼しい顔で成果を出す人」の差Photo: Adobe Stock

「頑張っているのに結果が出ない人」と
「涼しい顔で成果を出す人」の差

――同じくらい忙しく働いているはずなのに、なぜか成果が出ない人と、そこまで無理をしているように見えないのに、着実に結果を出し続ける人がいます。この差はどこから生まれるのでしょうか。

山口周氏(以下、山口):その差は、実は努力の「量」の問題ではないことが多いんです。

参考になるのが、1910年に人類初の南極点到達をめぐって争われた、ノルウェーのアムンゼンとイギリスのスコットのレースです。

結果から言うと、この勝負は圧倒的な大差がつきました。アムンゼン隊は、隊員が「あれほど楽しい探検行はなかった」と述懐するほどスムーズに偉業を達成した一方、スコット隊は隊長以下全員が命を落とすという悲惨な結末を迎えています。

私はこの差を「スコットが『頑張る人』であったのに対して、アムンゼンは『楽しむ人』だったから」と分析しています。

アムンゼンは、同郷の探検家ナンセンによるグリーンランド横断に感動して、16歳のときに探検家になることを決意しています。その後は、ありとあらゆる探検記を読み耽って成功・失敗の要因を分析する知識レベルの研鑽と、極地の寒さに体を慣らすために真冬に窓を開け放って寝たり、スキーや犬ぞりの技術を身につけたりという身体レベルの研鑽を積み重ねました。人生のありとあらゆる活動を「極地探検家として成功する」という目的のために、一分の隙もなくプログラムしてきた人物なんです。

一方のスコットは、海軍で出世して提督になることを夢見ていた人物で、元から極地探検に興味があったわけではありません。有力者から「南極探検の隊長に最適」と推挙され、本人もこの抜擢が出世のチャンスになると考えて引き受けました。

10代から研鑽を積んできたアムンゼンに対し、スコットは隊長のポジションを打診されてから、付け焼き刃的に知識やスキルを詰め込んだにすぎません。二人の累積思考量の違いには、天と地の開きがあったわけです。この思考量の違いが、最終的に大きなパフォーマンスの違いになって現れたのです。

「内発的動機」と「外発的動機」

――「楽しむ人」と「頑張る人」の違いを、理論的にはどう説明できますか。

山口:組織論の用語で言えば、アムンゼンは「内発的動機」、つまり興味や好奇心や向上心など、内面から湧き出る欲求で動いていました。スコットは「外発的動機」、つまり金銭や地位や名誉など、外側から与えられた刺激で動いていた。これまでの社会心理学の研究結果が示す通り、「外発的動機で動く人=頑張る人」は「内発的動機で動く人=楽しむ人」には勝てない、という結果になったのです。

報酬「だけ」で自分を駆動する危うさ

――とはいえ、報酬のために働くのは自然なことではないでしょうか。

山口:もちろん、私たちは霞を食べて生きていけるわけではありませんから、報酬は必ず必要です。しかし、これまでの心理学の研究結果は、報酬というものの扱いの難しさをしみじみと感じさせてくれます。報酬だけを求めて自分を駆動すれば、超長期にわたる人生というプロジェクトを通じてパフォーマンスを維持することは難しい、と考えられるのです。

短期的には、外発的動機でも踏ん張りは効きます。しかし長期的な累積思考量の勝負になったとき、「やらされている」感覚を抱えたまま走り続けるのと、「気づいたらのめり込んでいた」状態で走り続けるのとでは、投じられる時間の質も量も違ってきます。

孔子が「論語」において「これを楽しんでやっている人には誰もかなわない」と言っていることをあらためて踏まえれば、私たちが就くべきなのは「最も楽しんで取り組める仕事」だ、ということになります。何かを選ぶとき、「どれだけ稼げるか」「どれだけ評価されるか」の前に、「自分はこれをどれだけ楽しめるか」「どれだけ親しんできたか」を問うてみてください。