次期社長には45歳の生え抜き社員を抜擢
後継者として、次期社長には45歳の河島喜好が就任。ホンダが町工場だった時代に、浜松高等工業学校を卒業して入社した生え抜き社員の大抜擢だった。
河島は、草創期からエンジン開発に携わり、E型エンジンの「箱根越えテスト」では自らハンドルを握った技術者である。
引退後、宗一郎は経営の第一線に戻ることはなかった。カリスマ経営者としては異例のことだが、宗一郎は家族を自分の会社に引き入れることすらしなかったのである。
そして退任後には、こんな趣旨のことを口にした。
「がんばってくれた従業員一人ひとりにお礼を言いたい」
従業員一人ひとりにお礼をいうため全国行脚の旅へ
宗一郎は短気な性格で、思い通りに仕事が進まないとあからさまに苛立つこともしばしばあった。
しかし一方で、経営者の身でありながら従業員と同じ食堂で昼飯を食べ、一緒に将棋を指すなど、飾り気のない性格から「オヤジさん」と呼ばれ親しまれていた。
オヤジさんからの最後のねぎらいは従業員たちを大いに感動させたが、宗一郎の感謝の気持ちは言葉だけに留まらなかった。
引退してしばらくたったときのこと、宗一郎は、本当にすべての従業員にお礼を言って回ると言い出したのだ。







