日本全国に散らばる工場や販売店をとても全部回りきれるわけがないと周囲はあきれたが、宗一郎はたとえ従業員2、3人の小さな場所であっても、ホンダの看板を掲げているところは全部顔を出すと言って聞かなかった。

「九州の端っこからまわろうや」

 宗一郎の御礼行脚がスタートしたのは、昭和49(1974)年1月28日のことだった。鹿児島空港に着いた宗一郎は、10人ばかりが働く町外れのサービス工場に現れた。

 まさか、本当にきてくれるとは――。驚きと喜びで戸惑う従業員たちと、宗一郎はひとりひとり握手して言った。

「ありがとう、ご苦労さん」

 宗一郎は店の前で従業員たちと記念写真を撮ると、「これからも第一線でがんばってくれよ」と激励の言葉をかけ、次に訪れる予定の、従業員3人の桜島販売店へと向けて去っていった。

油まみれの手もしっかりと握手して放った言葉

 ある工場を訪問した際には、こんなエピソードを残している。

 本当に工場にきてくれた宗一郎に、ひとりの工員が感激の面持ちで握手の手を差し伸べたが、慌てて手を引っ込めた。自分の手が油まみれだったことに気づいたからだ。

 だが、宗一郎はその手をがっしりと握って言った。

「いや、いいんだよ、その油まみれの手がいいんだ。俺は油の匂いが大好きなんだよ」

 そして自分の手に付いた油の匂いを嗅いだという。

 天草諸島のサービス工場のような、これまで本社の人間がほとんど訪れたことがなかった場所にさえ、宗一郎はきちんと足を運んだ。握手しながら、従業員も宗一郎も涙ぐんだ。

 こうして、1年半を費やし、宗一郎は南から北まで全国津々浦々の工場・販売店への御礼行脚をやり遂げた。現場にとっては、これ以上士気の高まるイベントもなかっただろう。宗一郎の訪問後は、全国からお礼の手紙が舞い込んだという。