クルマ屋として葬式は絶対にするな
平成3(1991)年、肝不全により84歳で宗一郎はこの世を去る。
その遺言もまた、新聞の追悼記事に「反骨の自動車技術者」と紹介されるような彼らしいものだった。
「社葬をしてはならない。社葬なんかすれば交通渋滞の原因になり、世間に迷惑がかかる。そんなことはクルマ屋として絶対にやってはならない」
遺言は守られ、通夜も葬式も執り行われることはなかったが、東京では青山にある本社、そして各事業所6カ所で「お礼の会」が開催され、延べ6万2000人が宗一郎を偲んだ。
宗一郎が亡くなる少し前、ある老人が昭和30年代に作られたスーパーカブに乗っているのを見て、彼は大喜びして、こう言ったという。
「あんな昔の製品が、まだちゃんと動いているのか」
自分の手がけた車やオートバイが「どれだけ売れているか」より、「調子がいい」「気に入っています」と言われることが最も嬉しかったという本田宗一郎。
自身の会社がどんな大企業に成長しても、経営者である以前に、最後まで一技術者であり続けた男だった。
【参考文献】
本田宗一郎著『本田宗一郎 夢を力に』(日本経済新聞社)
原田一男著『モノづくりの原点 人間・本田宗一郎の素顔』(ごま書房)
中部博著「飽くなき挑戦 大いなる勇気 本田宗一郎伝」(三樹書房)
城山三郎、他著『新版 本田宗一郎 その「人の心を買う術」』(プレジデント社)
梶原一明『本田宗一郎「挑戦者」の名言』(ロングセラーズ)
真山知幸『大失敗にも大不況にも負けなかった社長たちの物語』(彩図社)
本田宗一郎著『本田宗一郎 夢を力に』(日本経済新聞社)
原田一男著『モノづくりの原点 人間・本田宗一郎の素顔』(ごま書房)
中部博著「飽くなき挑戦 大いなる勇気 本田宗一郎伝」(三樹書房)
城山三郎、他著『新版 本田宗一郎 その「人の心を買う術」』(プレジデント社)
梶原一明『本田宗一郎「挑戦者」の名言』(ロングセラーズ)
真山知幸『大失敗にも大不況にも負けなかった社長たちの物語』(彩図社)








