小牧・長久手の戦いマップ小牧・長久手の戦いマップ 国土地理院「地理院地図」を基に作成 拡大画像表示

乳兄弟・池田恒興に続き森長可まで
秀吉方の有力武将が2名も戦死

 開戦は1584(天正12)年4月。信長の乳兄弟で大垣城主を務める池田恒興が、犬山城を奪取します。一方、信雄と家康は小牧山城を制圧。これにより、犬山城を拠点とする秀吉軍と、小牧山城に本陣を構える信雄・家康軍の構図となります。

木曽川にかかる犬山橋から見た犬山城城の東、木曽川にかかる犬山橋から見た犬山城 撮影:今泉慎一(風来堂)
小牧山城小牧山城。南側大手道脇の横堀 撮影:今泉慎一(風来堂)

 ただし、開戦当初、総大将の秀吉はまだ大坂にいました。秀吉が6万とも10万ともいわれる軍勢を率いて戦地に到着したのは、4月末頃でした。4月の長久手の戦いでは、後世の研究によれば秀吉方の死者は2500人余り、信雄・家康方は500~600人とされます。さらにこの戦いでは池田恒興、森長可(ながよし)ら、秀吉方の有力武将が戦死しました。

長久手古戦場跡。現在は公園として整備されている長久手古戦場跡。現在は公園として整備されている