世の中をあっと言わせる偉業を成し遂げた人は、どんなことを考えていたのか。サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本映画史上初のグランプリを受賞し、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』を上梓した長久允氏の思考を辿ります。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室後悔しないPhoto: Adobe Stock

一度でいいからやりきる

 後悔しない生き方をしたい。

 そう思っていても、日々の仕事の中で、いつも自分のやりたいことだけを優先できるわけではありません。

 自分の気持ちより、相手の要望を優先しなければならない場面はたくさんあります。

 そしてそれは、決して悪いことではありません。クライアントのために考え抜くことも大切です。

 しかし、普段はクライアント第一で働いていても、自分の中にある理想は大切に持っていていいのだと、映画監督/脚本家の長久允(ながひさまこと)さんは教えてくれます。

 長久さんは、映画監督になる夢を一度あきらめ、会社員として広告の仕事をしていました。けれど、その後、有休を10日使って最初の映画を作ります。

 その作品は、やがてサンダンス映画祭でグランプリを獲ることになりました。

 長久さんは、そのときのことについて、こう振り返っています。

 当時、私は監督でもなんでもなかったのでスタッフの知り合いはほとんどいませんでしたが、人生で1回きりの映画ですから、後悔しないように本当に好きな技術者たちと作ることにしました。
 好きなルックのMVのカメラマンさんや照明さんを調べて連絡をとり、参加してもらいました。音楽もこの映画にぴったりのバンドにDMを送り、最高の曲を作ってもらいました。俳優も、普通は出てもらえないような方々ばかりでしたが、熱意を持って企画を説明し、出演していただけました。

 

 映画はなんとか完成しました。監督としての経験が足りないことばかりだったので、本当に周りのサポートがあってのことでしたが、人生で初めて、脚本も、スタッフィングも、キャスティングも、編集も、本当に悔いなく、「自分としては最高! 他人がどう思うかは知らん!」という気持ちで作り切ることができました。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p34-35より

 つまり、映画づくりにとって完璧な条件が整っていたわけではなかったのです。

 監督としての実績が十分にあったわけでも、スタッフの知り合いがたくさんいたわけでもありません。

 それでも、「人生で1回きりの映画だから、後悔しないように作る」と決めた。

埼玉の話がユタ州の女性と共鳴した

 さらに、長久さんは、世界で評価されるために、最初からグローバルに受けそうなものを狙ったわけではありませんでした。

 描いたのは、埼玉県の狭山市で起きた小さな事件。

 それが、映画祭で上映後にこう言われることになるのです。

 心に残っているのはユタ州の地元の街で暮らす80歳くらいの女性の言葉です。彼女は言いました。

「これは私の物語だ」

 私は、都会から中途半端な距離にあるこの街で生まれ、都会に出ることはなく、でも不便なく、しかし衝動を抑えて生きていた。これは私の物語だ。作ってくれてありがとう。私の人生の物語を、映画に残してくれてありがとう。そう彼女は言いました。
(中略)

 衝撃的でした。
 年齢も、人種も、国境も、飛び越えて、人間の心は共鳴することがある。
 だから、グローバルなんかあざとく狙わずに、しっかりと全力で自分の文化圏の中で描
写をしていいのだ、ということを実感しました。


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p37-38より

 多くの人に届くものを作ろうとすると、私たちはつい、誰にでも受け入れられそうな形を探してしまいます。

 けれど、それだけでは人の心に深く残らない。

「遠回り」したから気づけたこと

「それっぽさ」にはなんの意味もないのだ。
 外側をどんなに綺麗にコーティングしても、
 中身が空っぽだったら、それは見る人にはバレてしまうんだ。
 逆に言えば、どんなにはちゃめちゃでも、
 真ん中にあなたが全力で伝えたいエモーションがあるならば、それでいいのだ。
 それこそが良いのだ。
 きっとちゃんと評価されるのだ。

 

 そういうことに気づけたのは、もしくはこの作風に辿り着けたのは、私が遠回りしたからでもあるので、本当に今となっては「挫折」に感謝しているのです。
 あんなに悲しかった「挫折」も、無駄だと思って過ごしていた「遠回りの時間」も、意味があったなんて!


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p39-40より

 普段の仕事では、相手の要望に応えることが必要です。

 けれど、仕事のタイミングや内容が、自分の本当にやりたいことと重なる瞬間が来たとき、自分に嘘をつかずに、本気を出し切ることの大切さを教えてくれます。