実際に問題となるのは、文脈や状況が加味されたときだ。誰かを昇進させようと考える際に「結婚して出産したら産休をとるかもしれないから女性はやめておこう」など、当人の不利益を伴うとき。性的な目的が付随して質問しているとき。そういった要素と繋がることで、その発言はセクハラやマタハラなどのハラスメントとして認定される。
しかし、現代社会ではそんなまどろっこしい留保を許さない流れもある。浜辺陽一郎氏の著書『コンプライアンスの考え方』では、次のような主張がなされる。
「ある会社では、上司が異性の部下と2人でランチを食べに行くことも企業倫理の観点から禁じているという。法律的には、上司が異性の部下とランチをするのは、コミュニケーションを図るために合理的とも考えられるし、部下も進んで上司と一緒にランチを食べたいと思っているかもしれない。それにもかかわらず、企業倫理の観点から一律にそれを禁じるというのも、賢明な方針といえるだろう」(同書42ページ)
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この件、「異性の部下とのランチを一律に禁じる」というくだりを、読者の皆様はどう判断するだろうか。賛成も反対も生じるような微妙な問題である。筆者としては、リスクとハザードを混同していまいか、という問題提起をしたい。
女性を守るルールが
女性の機会を奪いかねない
こうしたルール策定は決して他人事でなく、大学教員の世界でも確実に浸透―侵襲と言いたくはない―しつつある。異性と面談する際は必ず部屋のドアを開放せよとか、オープンな場所で会話せよとか、ローカルルールを設定している組織は少なくない。同時に、このルールが次に何を生み出すか、「潜在的加害者」である教員側の立場から考えてみたい。
たとえばゼミ生など学生を選抜するときも、「異性を選ぶことは潜在的なリスク」と考えるようになるかもしれない。それは明らかに不平等な扱いなのだが、自分を潜在的加害者だと定義できるくらい「謙虚」なら、リスク回避を選ぶのは自然である。







