インセンティブ給与制度とは一般的に、売上に応じた業績給が支給される制度であり、しきがわの全店舗で半年前から導入されていた。個人の月間売上の1.5%を翌月に個人業績給与として支給する形だった。

「あの制度がはじまってから、僕の手取り給与額は1万円ほど減りましたもん。販売スタッフの個人給与の格差は広がりましたよ」

 守下は言った。

「そうなんだ。あの制度は、『たくさん売れば、それに比例して給与が増えるから、がんばろう』っていうことで店舗に導入されたんだけど、制度の導入に伴って給与の固定支給部分が減額されたからな」

 高山は、まるで朝礼の時を思い出したかのように、熱く話した。

「結局、売上を取りに走る一部の人と、それ以外の人に2極化しちゃいましたね」

 守下は海老フライをかじりながら言った。

「守下は販売力があるって聞いてたけど、どうして手取り額が減るんだ?」

 沼口の問いには、高山が口を開いた。

「店舗では接客以外の仕事も多いだろ?店に着いた商品の荷受けとか、店頭への品出しとか。特に守下のような若手は、店頭で接客待機していられる時間が十分に取れないんだ。特に、総本店は規模が大きいから余計に作業量が多いだろ。そういう面でもこの制度は不完全なところがある」

「そういうことか。そもそもこの新給与制度は、本社で阿久津専務が旗を振ってつくらせたんだ。今、低迷している店舗の売上を上げ、利益を確保するためのアイデアだっていうことで」

 本社の事情に詳しい沼口が言った。

「あのインセンティブ制度は、阿久津専務の発案だったんですか……」

 守下は言った。

「その阿久津専務が、幹部採用で入ってきた新しい人事部長の添谷野令美につくらせた制度なんだ」

「もともとしきがわの店は、店長が店の販売スタッフに個人の実績とか癖とかを見ながら、販売や店舗の運営について、一人ずつ、しっかり指導するのが、強みだったんだがな……」

 高山が言った。

「営業一筋、大久保常務がよく言う『一子相伝式』ってやつだな」沼口が言った。
「ところが、僕や沼口が店舗に配属される少し前くらいからは、大量出店状態になって、入社して2、3年で店長になってしまう事例がやたら増えたろう?」

「確かに高山も俺も最初の配属先が総本店だったから、キャリアもあってマネジメントのできる人が総店長だった。でも他の店舗では、あまり販売員教育や商品の管理とかがよくわかっていない若手の店長が増えてきたな」