**成長の踊り場
高山と沼口は同期入社であり、二人ともしきがわ最大の旗艦店舗である総本店に配属された。
沼口照一は数字面の強さと商品を見るセンスの良さを評価され、入社2年で早々に商品部のアシスタントバイヤーとして抜擢された。バイヤーになってからも、販売現場の経験と数値分析を基にした売れ筋商品の見極め能力の高さから、担当アイテムの数字を大きく伸ばし、若手ながら商品部内のトップバイヤーとなっていた。
「うちの会社、いまだに営業のための教育指導を行う部署もないからな」
「とにかく店舗数の増加に追い付くための大量採用、大量昇格の時代だったから、本社も含めて、皆が大変だったんだろうな。結果としてだが、今のうちの会社の売上低迷も、その当時の粗い対応が大きな原因の一つになっていると思うな」
沼口の意見に、「僕もそう思う」と高山は言った。
しきがわでは、かつての急激な大量出店の時期には、全社員が休日返上で、ほとんど泥縄式の対応を行っていたが、そのために、「顧客への親切さ」「提案する姿勢」などの、本来のしきがわのよさが失われた店舗が増えてしまったのも事実であった。
「今では多くの販売員は、来店したお客様が欲しいと言うものを、棚やラックから、ただ出して売っているだけだ。言ってみれば自動販売機みたいなもんだな。本来うちがやるべきなのは、お客様へのビジネスウェアの提案販売だけど、それができていないから、俺たち商品部が新しい商品を開発しても、なかなか客単価が上がってこない」
「沼口の言う通りでね。それぞれのお客様に何をコーディネートしてすすめるのがいいのか、その基本をわかっていない……、というかそういう姿勢が乏しい若手の販売員は総本店でさえ多いんだ」
高山の話に、沼口は、「確かにな」と相槌を打った。
「そもそも、郊外型の紳士服店は、もう日本中どこに行っても展開されているから、昔みたいに、出店すれば爆発的に売れるなんてことは、今のやり方のままでは、もうないだろうな」
高山は食事を終えて箸を置いた。