**インセンティブ給与制度
高山と沼口の勤める郊外型紳士服専門店「しきがわ」は東証一部上場企業。店舗数350店、年間売上高は550億円を超える業界第3位のビジネス用スーツを中心としたメンズ衣料を販売する小売チェーンである。今年29歳になる高山昇は、この総本店の販売スタッフとして勤務していた。
「それで高山。給与制度の何の話をしたんだ?」
「店舗のインセンティブ給与について」
「半年前に導入されたあの制度のことか?」
二人が話をしているところに、入社2年目の守下浩二がランチのトレーを手に寄ってきた。
「あ、高山さん。この間の朝礼でのスピーチの続きの話をしているんですか?」
守下は興味津々な顔で高山の隣に座った。
「この間の朝礼での高山さんの話、サイコーでしたね。皆、いいぞって心の中で思って聞いてたんですよ。専務が登場するまでですけどね……」
「守下、そんな時は何か合図でもしてやれよ。後ろにヤバいのが来てるって」
「そんなあ。目配せとかしたってムダですよ。高山さん、完全に自分の世界に入っていましたもの」
守下は笑いながら食事をはじめた。
「まあ、そうだろうな」沼口は高山の顔を見た。
「目に浮かぶよ、得意げに演説ぶってるこいつの顔が」
「お前ら、うっさい」と高山は二人をにらんだが、沼口も守下も意に介さず食事を続けた。