年を取ると創造性が鈍るとか、保守的になるとよく言うが、一概にそうとは言えない。少なくとも欧米では、シニア層が起業することも多く、しかも成功確率は高いといわれる。

 若者には失うものがなく、挑戦心があるとよくいわれるが、これも疑わしい。少なくとも、本人たちはそうは思えないことが多い。失いたくないものの最たるものが未来だ。若者はこれからの人生が長いことがわかっている。それだけに、今失敗して、暗い将来が到来したらたまらないと不安になる。実は、積極的に行動をしたほうが、むしろ未来は開けることも多いのに、今の延長線上にある未来を捨てられないから、失うものが多いと感じるわけだ。自分のこれまでの乏しい経験と小さな成功が、掛け替えのないものに思えてしまう。だから捨てられない。

小学校高学年から中学生の頃に
好きだったものを思い出してみよう

 さて、「Can」の棚卸しへと話を移そう。

 まず、自分の能力について考える場合、顕在化している能力、つまり、会社に入ってから自らが身につけた能力、その延長線上で今発揮している能力は、いったん脇に置こう。大事なのは、自分が忘れてしまっている能力、封印してしまった能力の再発見だからだ。

 そうした能力は「ノンネグレクテッド・タレント」と呼ばれる。「無視し得ない能力=原点Can」を意味する。

 人にはそもそもその人が好きだったり、得意だったりしたものがあって、意外とそれらは生涯変わらない。仮説ではあるものの、多くの場合、それらの萌芽は、小学校高学年から中学生の頃に見られる。

 ところが、そうした自分の原点にあるCanを人は仕事に活かしているかというと、多くの人はそうはなっていない。

 なぜならば、それらは入学試験や入社試験で評価されるようなものとは限らないので、そうした時期になると親から止められたり、自分で封印してしまったりするからだ。それで普通の勉強に力を入れる。その結果、一人前にはなるかもしれないが、それ以上にはなれなくなってしまう。