ヤマザキ ただし、イタリア料理の中にも、ときどき「これは日本酒と合わせたかった…!」っていうのに出会うんですよ。ベネチアのちょっと南の漁村に友人がいて、捕れたてのイイダコを塩こしょうしないワタに浸して食べさせてくれたんです。これが本当に絶品! そういう料理と日本酒を一緒に差し出せば、さしものイタリア人もおぉ!と思うかもしれません。

桜井 イタリア人は独自性を大事にする人たちというイメージはありましたが、そこまで保守的だとは、従来のイメージが今日かなり変わりました!

職人の国といわれるイタリアと比べても
トコトンこだわる日本人気質は独特

ヤマザキ 日本人の場合は、イタリア人と違って外の文化を受け入れることに寛容ですが、なじんで定着するまでのあいだ、少しおかしな経過をたどるクセがありますよね。

 そのひとつがサッカー。日本では、こじゃれたファッショナブルなものみたいに長らく見られてましたよね。でも、ボールひとつでできる遊びとして土着的なサッカーが育まれた土地に暮らした私からすれば、すごく違和感がありました。ワインがブームになったときに、みんながグラスをグルグル回したり香りをかぎながら飲む光景をみて、プッとおかしく思ったのと似ています。イタリアであんなことする人いませんから(笑)。

桜井 確かに(笑)。ワインは当時と比べると、かなり大衆化しましたけどね。

 今や陳腐化しかねない際どいところにきた気がします。というのも、これは独断と偏見ですけど、コンビニエンスストアなどに、ボトル500円程度のワインがたくさん出回るようになって、日本酒の2級酒をかつて飲んでいた層がワインを飲みようになってきているんじゃないかと。

ヤマザキ イタリアにおけるワインも、同じような感覚ありますよ。何リットルも入るようなポリタンクでワインを買ってきて、それをボトルに小分けしながら飲んでいますから。

桜井 ワインと日本酒を比較すると、前者は野性的なところを大事にしてきたのに対して、後者は洗練を求めて発展してきたという違いがあるように思います。日本酒の製造は、根本から変革された経験がありませんが、古来、細部の改善に非常にこだわって、それを経営陣でもない杜氏や蔵人という一介の職人が突き詰めてきました。勤勉で均質的な労働力が確保できたからこそできた労働集約型のお酒であって、欧米ではなかなか造れないのではないでしょうか?

ヤマザキ イタリアも職人の国ですけど、やはりこだわりの度合いなど日本人気質は独特です。たとえば、私は漫画家ですから締め切り前には徹夜することもザラですが、そういう寝食も忘れた仕事ぶりに家族は非難囂々です。徹夜してでも仕事をするのは、責任感以上に、自分が夢中になってしまうからなんですよね。一方、イタリアだとどんなに勤勉な人でも、食事は3食きちんと摂るし、睡眠も時間もしっかり確保して、それで締め切りに遅れたら仕方がない、と考えるのが普通です。この違いは、単にプロ意識の有無ではなく、日本人気質のなせる技だと思います。

桜井 同じ米と麹でお酒を造っても、中国人の手にかかれば紹興酒になってしまうわけですからね。日本人だから、日本酒ができ上がったんだと思います。それがいかにも日本的な、日本酒の弱点にもつながっていますけど。