単なる時間稼ぎで終わらぬために
コストを過小評価せず出口戦略を

 さらに、金融緩和策で最も大変なことは、上手く出口を見つけて、摩擦を避けてそこから抜け出すことだ。それは口で言うほど容易ではない。

 人間はどのような驚きにも、時間の経過に伴って慣れてしまう。昨年4月の異次元の金融緩和策でも、1年足らずで人々は慣れてしまい、あたかもそれが当たり前のように感じるようになってしまった。だからこそ、株価に元気がなくなり、ドル・円レートの動きも止まってしまった。今回のバズーカ砲第二弾は、それよりも早く飽きられて効力を失ってしまうかもしれない。

 ということは、金融政策や財政政策のような従来型の政策は、単に時間稼ぎをしているに過ぎないことになる。金融緩和策によって人々の心理に新鮮な感覚を吹き込もうとすれば、次から次へと驚くような緩和策を実施し続けなければならない。

 そんなことを続けると、いずれわが国経済はハイパーインフレの渦の中に吸い込まれるかもしれない。あるいは、株式・不動産市場で1980年代後半のような大規模なバブルをつくり上げることになるかもしれない。

 重要なポイントは、金融緩和策の出口を抜けるために、どれほどのコストがかかるかわからないことだ。株式市場に大規模なバブルができるとすれば、そのコストが大きいことは我々の経験からもよくわかる。

 1990年代初頭以降、わが国経済が大きく落ち込み、特に97年からのバブルの後始末で、わが国経済が戦後最大の苦しみを味わったことは、頭の中に残っている。それと同じことが起きるかもしれない。

 逆に、わが国を取り巻く世界経済の状況が大きく改善して、それほど大きな摩擦なくして出口を通過できるかもしれない。つまり、そのときの状況によってこれから払うべきコストが変わるため、現時点でそのコストを特定することはできない。

 ただしそのコストは、金融緩和策の規模と時間に伴って拡大することになるだろう。日銀はそのコストを過小評価することなく、政策運営を行うべきだ。