しかし、消費増税法案成立直後から、政局は混乱し始めた。消費増税実現の立役者の一人となった谷垣総裁は、野田政権を解散に追い込めなかったなど政局の対応を批判されて、自民党総裁に再選されなかった。自民党総裁には、安倍晋三氏が復帰した。野田首相は、解散の圧力に抗することはできなかった。結局、解散総選挙を断行したが、民主党は衆院選で惨敗し、野田政権は退陣することとなった(第50回)

 安倍首相は、大胆な金融緩和策による「デフレ脱却」を打ち出して、高い支持を得た。逆に、「社会保障と税一体改革」を推進した政治家は、「アベノミクス」の意思決定から外された。アベノミクスが高い支持を得る一方で、三党合意で設置された「国民会議」の議論は尻すぼみとなった。安倍首相は、財政再建の「国際公約」自体は堅持している。だが、消費増税は延期された。公約が守られる可能性はほとんどないだろう(第68回)

 税と社会保障一体改革は、安倍政権の3度の選挙で、争点となることはなかった。安倍首相は「アベノミクス」を「この道しかない」と訴えたが、国民がその内容を落ち着いて評価する機会は、いまだないままである。

とにかく選挙が多すぎる
国民がじっくり政策を理解する時間が必要だ

 日本では、重要な政治課題が浮上すると、「国民の信を問え」として解散総選挙を求める声が巻き起こる。しかし、日本の問題は、選挙が多すぎることであるように思える。政権が「政治生命を賭けて」打ち出すような重要な政策であっても、選挙から選挙までの間があまりに短期間のため、議論がほとんどないままに選挙に突入することになってしまう。これらは国民の側からすれば、政策を理解する時間をほとんど得られないということになる。

 また、選挙が多すぎてまともに議論する時間がないと、政権は国論が分かれる問題について「争点隠し」をし、議論を選挙が終わるまで先送りしようとするようになる。政権が「やりたい政策」があっても、それは小出しに出されてしまう。重要な論点は隠され、選挙後に国民の前に明らかにされることになる。

 94年の小選挙区比例代表並立制導入後、日本政治には、「政策中心の政治」を実現してきた(前連載第31回)。もちろん、それはいまだ未熟な段階でしかない。政治家、国民双方が更に、その成熟のためにより高い意識をもって、経験を積み重ねる必要がある。

 しかし、「選挙が多すぎる」という問題は、どんなに国民・政治家が高い意識を持とうとしていても、それだけでは乗り越えられないほど、深刻な悪影響を政治に与えていると考える。衆院選、参院選、地方選、そして政党の総裁・代表選のあり方を抜本的に考えるべき時期にきているのではないだろうか。