日本の新たな「成長分野」として位置づけられ、産業として注目を集めている農業だが、高齢化や後継者不足により農業人口は減少し続けている。そうした農業の現場に、農業で人生の再チャレンジをめざす元ホームレスや生活保護受給者、ニートを送り込もうと就農支援を行うNPO「農スクール」を訪れた。[写真]=杉山 正直
「今日は畑の道路際の草刈りをします。お隣の畑との境や道路際の雑草をきれいに刈っておくのは、自然農法をする人の大切なマナーです」
ここは、湘南藤沢にある貸農園コトモファームの一角。ここでは週に一度、ホームレスや生活保護受給者向けの就農支援プログラム「農スクール」が行われています。先生はNPO法人「農スクール」代表の小島希世子さん。参加者は小島さんと共に鎌を片手に、道端に生えた雑草を刈っては倒す作業を進めます。
雑草を刈りながら「雑草も1本1本意味があってそこに生えてくるんですよ。雑草は、酸性の土には酸性に強い草が生えたりと、土の状態によって生える種類が変わり、枯れて土に返り、養分になることで、生き物が棲みやすい良い状態の土になっていくんです。だからほら、畑ごとに生えている雑草が違うでしょう?」と話す小島さん。「農スクール」では、教室内の講義はなく、プログラムは全て青空の下、農作業を行いながら進められます。
「社会ではどうも生きづらく」自立のために農業を学びたくて申し込んだという参加者の一人は、「農作業を通して自然と向き合うここでは、見えるもの、聞こえる音がやさしいですね」と話していました。
8割が一生抜け出せないといわれる生活保護ですが、小島さんが2011年から始めた就農プログラムでは、受け入れたホームレス・生活保護受給者30名(他、ニート・引きこもり除外)のうち、6名が就職、5名がアルバイトの職に就いています。2015年6月現在では、ホームレス、生活保護受給者、ニートなど含む10名ほどが農園に通っています。
プログラム参加当初は、働く意欲、生きる気力が失われ、社会の中に居場所がないといった状態の人もいるといいます。参加者たちはどのようにして農業を学び、働く意欲を取り戻していくのでしょうか。
農・食・職をつなげたい
まずは、小島さんが「農スクール」を立ち上げた経緯をお聞きしました。
熊本の農村地帯で生まれ育ち、小さい頃から農業を志していた小島さん。大学卒業後、農作物の流通会社に勤務した後、農業の現場と食卓をつなぎたいと、2006年、故郷熊本の農家と全国の消費者をつなぐ農作物の直販サイト「えと菜園オンラインショップ」を立ち上げます。また、自分で野菜を育てることで、野菜がどのように育つのかを知ってほしいと、2008年、野菜づくり講習会つき無農薬貸農園「家庭菜園塾」(後のコトモファーム)を始めます。
そして、この農園の管理に、ホームレスの支援団体を通じて4名のホームレスの人を雇用したのが、「農スクール」につながっていくのですが、そこには、大学時代から抱き続けてきた、ある「思い」がありました。「大学進学のため上京した時、生まれて初めてホームレスを見て、衝撃を受けました」。昼間から路上で寝ているその存在に疑問を持った小島さんが、関東出身の友人たちに尋ねると、「働きたくなくて社会に居場所がない人たちだよ」「社会が生み出した闇の存在。社会が悪い」など答えはさまざま。でも、誰一人直接話をしたことがある人はいませんでした。
どうも腑に落ちなかった小島さんは銀座で一人のホームレスに話しかけ、その後、何度も通い、話をするようになりました。すると「働きたいが、一度住所を失うと採用されなくなってしまう」という話を耳にします。
そこで思い出したのは、過疎化が進む故郷熊本のことでした。「熊本の田舎なら家はいくらでも余っているし、農家ではいつも人手不足です。特に大きな農家では、仕事も分業になっているので、新しい人も入りやすい。賃金は安いですが、生活コストも安いから暮らしていけます。働きたいのに働けないなんて、もったいない!熊本と東京、農業とホームレスの方をうまく結び付けられたらな、って思ったんです」