経営 X 人事
中原淳の学びは現場にあり!
【第9回】 2015年7月8日
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中原 淳 [東京大学大学総合教育研究センター准教授],井上佐保子

「もう一度、社会に戻って働きたい」
農業での再出発・再挑戦を支援する畑の学び

ホームレスと一緒に働く

 大学時代に抱いたそんな思いを形にするべく、貸農園の管理を4人のホームレス男性に任せてみたものの、当初はきちんと働いてくれるか心配でした。ところが、「きっちりまじめに仕事をするうえに、日雇いの仕事をやっていた方が多く、シャベルの使い方なども慣れていて農作業向きだということがわかりました」

 週に一度、時給は800円という条件でも、「空き缶拾いを一晩中やっても、2,000円程度。800円もいただけるなんてありがたい」と、手を抜くことはなかったそうです。

 2011年からは、寮を持っている支援団体と共に「就農プログラム」として、新たに受け入れることにしました。

 ところが、今度は別の問題に直面します。支援団体の寮に入っている人は基本的に生活保護を受けており、働かずに生活できてしまっているため、ホームレスの人よりも勤労意欲、社会復帰への意識が低い人も少なくなかったのです。「就職先となる熊本の農家の初任給は約12万円。ところが、東京の生活保護費は約12万7000円。収入は減り、病院代は自費負担になってしまう。生活保護から脱却するためには、『働くとは何か』ということを問うところから始めなければなりませんでした」

青空の下で学ぶ農スクール

 2011年、2012年と「就農プログラム」を行ったノウハウを生かして始めたのが「再生・再挑戦支援プログラム農スクール」事業です。導入編・基礎編・就職準備編の3タームで約8カ月の間に、週に一度の農作業を通して、自分と向き合い、「働く意味」を探しながら、農業分野への就職を支援します。

 カリキュラムは、毎週のワークノートの提出と農作業が中心です。ワークノートでは、作業の感想や、今日の作業で自慢できることを書き出す、といった課題を提出してもらい、最終的には自分なりの目標を見つけられるよう誘導していきます。

 それ以外のカリキュラムは全て農作業をしながら行います。「参加者には成功体験が少ない人が多く、『俺はどうせ無理』とチャレンジから逃げてしまう傾向が強いのです。だから、部屋の中で鉛筆を持って『自分のいいところを書き出す』といった頭の中を整理するワークをするよりも、自分たちが育てたトマトやナスが立派な実になっていくことを経験し、収穫という成功体験を得るほうが確かな自信になるんです」

 また、青空の下で農作業を行いながらのほうが話もしやすく、一人ひとりとの面談も他の参加者に聞かれないよう配慮しつつ、農作業をしながら行うそうです。

 プログラムを進めていくうえで、難しいのは「ボス」のマネジメント。帰ることができる家や家族のない参加者が多いためか、居場所、特に心理的居場所に対する執着心が強い傾向があり、「リーダーになることでより良い居場所を確保しようとする」そうで、参加者間でリーダー争いが起きます。「リーダーが決まった後、次にリーダーは作業の進め方などの実権を取ろうとする場合があるので、参加者にルールを守ってもらうことや、私とリーダーとの関係性には注意を払う必要があります」

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中原 淳[東京大学大学総合教育研究センター准教授]

東京大学 大学総合教育研究センター准教授。著書に『職場学習論』『経営学習論』『活躍する組織人の探究』『研修開発入門』『駆け出しマネジャーの成長論』など多数。企業における人材開発の実証的研究をすすめるかたわら、さまざまな研修・ワークショップなどを開発・評価。近年では、新任マネジャー向けワークショップ「マネジメントディスカバリー」、人材開発担当者向けワークショップ「研修開発ラボ」などを開発。Blog: http://www.nakahara-lab.net/blog/、Twitter ID: nakaharajun

 

 

井上佐保子(いのうえ・さおこ)

1972年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。通信社、出版社勤務を経て、2006年にフリーランスライターとして独立。企業の人材育成、人材マネジメント、キャリアなどをテーマとして、企業事例、インタビュー記事などを執筆。人事・人材育成分野の書籍ライティングも手がけている。


中原淳の学びは現場にあり!

このコーナーでは、毎回、“学びに満ちた仕事の現場”を訪問し、WorkplaceLearning(職場の学び)の観点から、検証していきます。日頃はあまり目にすることのないさまざまな職種の「現場」。そこでは、どのような仕事がなされ、人はどのようにして知識やスキルを学び、育っているのでしょうか。企業の人材育成では見落とされがちな「学びのスイッチ」を掘り当てます。

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