いよいよ本格的な上昇に転じるかと期待されている実質賃金。果たして本当に上昇するのか、そして、実質賃金が上がれば生活は本当に豊かになるのか?第一生命経済研究所の永濱利廣・経済調査部主席エコノミストに話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部 津本朋子)
実質賃金はすでに上がっているはず!?
統計手法変更で数字に混乱
――名目の賃金指数を消費者物価指数(CPI)で割って算出する、実質賃金指数がいよいよ上昇に転じるのではないかと言われていますが、本当に実現するでしょうか?
すでに直近の5月、実質賃金は前年同月比で0.0%と、下げ止まりました。要因はいろいろあります。前年同月比で見ますから、昨年4月の消費増税による影響は、今年4月でなくなりました。また、それ以前から、やや物価の上昇率が下がっています。これは昨年夏以降に原油価格が下がったことが大きく影響しています。さらに今年、17年ぶりの賃上げ実現で、名目賃金が上がりました。
1995年3月 早稲田大学理工学部卒。2005年 東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年4月 第一生命保険入社。98年4月より日本経済研究センター出向。2000年4月より第一生命経済研究所経済調査部副主任研究員、04年4月より同主任エコノミストを経て、08年4月より現職。経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事兼事務局長、一橋大学大学院商学研究科非常勤講師、跡見学園女子大学非 常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、㈱あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使。「経済指標はこう読む」(平凡社新書)、「中学生でもわかる経済学」(KKベストセラーズ)など著書多数。
しかし、6月の実質賃金は前年同月比でマイナス3.0%でした。しかしこれは、統計の改訂によるものです。今年1月から、調査をする企業のサンプルを変えました。そうしたらたまたま、前のサンプル企業群に比べて6月にボーナスを支給する企業の割合が下がってしまったのです。
また、過去に遡って賃金水準が下がった分を調整するという作業も行っています。このために、前年比が実態よりも更に低く出てしまっています。
つまり、サンプルを変えていなければ、名目賃金はさらに上がっているはずなのです。これは計算上の問題なので現在、厚生労働省の改善検討会で、実態をより正しく表すために、どうするのが適切なのか、議論を進めており、私もメンバーの1人として参加しています。
――ということは、サンプルを変えていなければ、今頃、実質賃金はすでに上昇に転じていたのでしょうか?
その可能性は高いと思います。今年春から、つまり消費増税分の影響がなくなった時点から、上昇に転じていたのではないでしょうか。6月に名目賃金(そして実質賃金)が大きく下落したのは、ボーナスの支給時期のずれが大きく影響したと思われます。ですので、7月分はどんと増えることになるでしょう。
――実質賃金が上がれば生活は豊かになるはずだと思いますが、今のところ、その実感ができる人は少ないのではないかと思います。
そうですね。本来、物価上昇の負担は確実に減っているはずです。たとえばガソリン価格は大きく下がっています。しかし、給油はだいたい月1~2回程度ですよね。一方、食料品価格は円安などの影響で上がっています。食料品は毎日買うものですから、頻度の影響で、どうしても「物価が上がった」という実感が先に来やすいのではないでしょうか。
また、原油価格が下がってから、生活に影響が及んでくるまでに半年から1年ほどタイムラグがあります。天然ガスは原油に遅れて価格が下がりますし、重油が下がれば船舶の燃料費が下がって魚の値段が下がります。また、業務用ガソリンが下がればハウス栽培の野菜や果物の値段が下がる。こうして影響が徐々に広がっていくものなのです。