下仁田納豆の南都社長と福島屋の福島徹会長

 まず前回の講義のテーマだった『おいしさ』という言葉を切り口に参加者からの発表があった。議題はおいしさをいかに具現化したか、だ。

「デリカで使っている油を国産に変えた。また、調味料を見直し、天然素材にした。うまくいかないことも多いが、安全さというのもおいしさではないか」

「パートさんを交えて社内の商品の試食会をして、おいしさを共有した」

「アンケートで聞いてみたが、十人十色。おいしさの定義はそれぞれ違う。試食販売などのコミュニケーションをとりながら想いを伝えていくことも、おいしさの一つではないか。また好みなど求めているものを読みとることもできる」

 ……etc。なるほど、という話ばかりだったが、なぜ『おいしさ』について考える必要があるのか。参加者の発表が終わった後、福島さんから短い講評があった。

福島塾は定期的に開かれていて、今回でセミナーと違い、経営者を対象とした勉強会なので参加者は主体的

 福島さんは「おいしさっていうのはそこにはないっていう風に考えている」と言った。

「おいしいものといって油を変えましたとか、天然素材に変えたというのは簡単だし、わかりやすい。それすらも組織が大きい、コストが高いといった理由でやらないのが現状なんですが」

「でも、何十年もお客様の幸せづくりをとか喜びのために商いを続けてきて『じゃあ、具体的にできることは』となると簡単なわかりやすいことになってしまう。面白いことはもっと他の部分にあるのだけれど、実務者はそこに目がいかない。どこまでいっても答えはでないことだけれども」

 間違っているかもしれないが僕はこんな風に理解した。本当のおいしさは簡単でわかりやすいところにはない(安心、安全というのは前提である)。ただ、言えることは生産者や販売者が提供するのは『おいしさ』そのものではなく、それをつくる環境である。お客様のために安全な油を使っていると言っても伝わらなければ意味がないし、伝えるためには送り手がよく理解しておく必要がある。

福島屋のお弁当。お惣菜のおいしさも福島屋の強み

 高知県のスーパーの経営者の話が個人的に印象に残った。曰く、高知県では土佐茶という緑茶が生産されているが、他の有名産地の茶の渋味出しに用いられていてブランディングまでには至っていない。そもそも土佐で普段、飲まれるのは番茶だそうで、ペットボトルでは緑茶が売れるが、茶葉は馴染みがない。そこでスーパーで緑茶の講座を開くことにした。

「そこで盛り上がったのはまずいお茶の煎れ方でした。普段、みんなが淹れているやり方そのものだったので……(笑)」

 地域にはそこに根付いた食文化があり、そこにあるのはそれぞれのおいしさである。地域のお客さんを満足させる品揃えは地元の人間しかできない。優れた商品があったとしても、必ずしも別の場所で売れるとは限らない。例えば福島屋と同じ品揃えをすることになんの意味もない。大手の流通ではない地方の小さな店だからこそ「おいしさ」というセレクト基準を持つことは重要なのだ。