20代でまだサラリーマンだった頃、某省庁との半官半民企業の立ち上げプロジェクトに加わったときも、驚きの連続だった。当時、社会的に喫緊の課題を解決するために「新会社を作るので手伝ってほしい」と偉い人から直々に依頼されたので、「これは頑張らねばならない」と思って相当張り切っていた。

 私以外のメンバーは、こうしたプロジェクトに手慣れた大手銀行や商社などの超一流会社からの参加ばかりだった。すると、うんうん唸ってプランを練る私の横で、彼らからはありえない数字やできるはずのない事業計画がポンポン出されていく。聞けば、「大蔵省(当時)向けの予算獲得の説明用に作るだけだから、適当でいいんですよ」と言う。事業計画などというものは、死にもの狂いで作ると思っていた私にとっては「なんのこっちゃ」であったが、彼らにとってはいつものルーチン仕事である。よく言えば、場の空気を理解しているのは彼らのほうだった。

 さらに驚いたのは、その省庁の担当課長補佐(キャリア)の発言だ。あるとき彼は、笑いながらこう言った。

「この会社ができたら誰かが出向しなきゃいけないから、うちの課のメンバーは今から戦々恐々としているんです」

 一所懸命立ち上げ準備をしている私たちに対して失礼だろうと思ったが、悪気はまったくないらしい。私以外のメンバーも、一緒になって笑っていた。

 ほどなくして会社はできた。私はそのまま続ける気満々だったが、役員から「(君は)空気が読めないから、周りの人とうまくいかないのでダメ」と参加を止められた。結局、他の会社から来ていたワーキンググループのメンバーも誰一人出向せず、各社からはベテラン社員が送り込まれたらしい。もともと絵空事の事業計画だから、当然、事業はうまくいかず、数年後にその企業は政府機関に吸収された。