モネの一生消えない心の傷

『日傘の女(左向き)』1886年、オルセー美術館、パリ

山田 決して奥さんを愛してなかったわけじゃない。むしろラブラブだったわけですよ。なのに自分の気の迷いから取り返しのつかない結果を招いてしまったのだとしたら、これはもう一生消えない心の傷になりますよね。このことと関係があるのかどうかはわかりませんが、モネはいちばん幸せだった時代にカミーユを描いたあの『散歩、日傘をさす女』を、彼女が亡くなった7年後に、なぜかもう一度描いているんです。それも2枚も。

こやま ああ、さっきはジャン君がいたけど。

山田 はい。実はこの作品のモデルは、アリスの三女シュザンヌなんです。ところが、カミーユをモデルにした前作とは違い、こちらは顔が描かれてない。同じ年に描いた右向きバージョンもあるんですが、こちらも顔が描かれてません。習作だからとも言われていますが、そもそもなぜこの作品をもう一度描こうと思ったのかが気になるんです。

『日傘の女(右向き)』1886年、オルセー美術館、パリ

こやま 奥さんを思い出して描いたんでしょうか?

山田 オレは逆に、思い出の上書きをしようとしたんじゃないかと推測します。自分の過ちをどんなに後悔しても、カミーユは帰ってこない。もはや彼女のことは忘れて、アリスとその連れ子たちのビッグダディとして生きていくしかない。そんな決意を固めるために、あえてカミーユとのいちばんいい思い出がこもっている作品を、新たに描き直そうとしたんじゃないかと。

こやま なるほど。新しい家の子をモデルにしてるんですもんね。

山田 だけど、どうしても顔が描けなかった。カミーユの面影を上書きすることができなかった。と、まあ、これはオレの個人的な想像ですけどね。ただ、この直後からなんですよ。モネが人物を描かなくなり、積みわらや睡蓮の連作に没頭し始めるのは。