「会話は単語をつなぎ合わせるだけでいい」
現地人を観察して導き出した“答え”

 マレーシアでは、だいたいの人は英語を話すことができる。中堅企業の管理職クラスならば、イギリスやアメリカの大学出身で、MBAホルダーも少なくない。もともと、マレー語を主に話すマレー系、タミル語を話すインド系、中国語や広東語を話す中華系の3種類のマレーシア人がいるので、共通言語として職場では英語が使われていることが多い。

 したがって、現地で働いている日本人はほとんど英語でビジネスを行っている。

 今年還暦となったAさんもそんな1人である。彼は40代半ばまで、アパレル業界で働いていた。大手の下請けに当たる会社で、大学卒業から20年、一貫して営業職だったという。ただ、その仕事内容は、メーカーの服を問屋に卸すだけではなく、小売り直営店の運営も任せられることがあり、多岐に渡った。つまり、Aさんは接客、小売り店舗マネジメント、営業、経理とすべての仕事を経験してきたという。

 しかし、2000年になるころ、アパレル業界の不調のあおりで、会社が倒産してしまった。社員の大部分は親会社への再就職の道があったため、Aさんにもそのチャンスがあった。しかし、40歳半ばにして、倒産した子会社から親会社に行けば、昇進の芽はもうない。

 偶然独り身だった彼は、先のない親会社への就職をやめて、別の道を歩んだ。彼の姪が、マレーシア人と結婚して現地でお店を営んでいるという。彼は失業保険が切れたのち、マレーシアに行き、そのお店を手伝っていた。彼自身、小売業での接客経験があるため、お店での客商売のスキル自体に問題はなかった。

 だが、それまで英語は大学まで勉強したくらいで、今のようにTOEICが昇進に必要なわけでもなく、英語の勉強など20年以上していなかったため、彼の問題は英語にあった。

 彼は、接客のバイトをしつつ、現地の英語学校に通い始めた。接客現場と学校でいろいろと経験した彼は、自分の英語のできなさに落ち込むよりも先に、まず分析を始めたという。

 自分のやりたい仕事は、営業を中心とする接客だ。基本的には、商品の説明をして、メリットを説き、価格交渉をして、納品するというプロセスである。現地の人はよく話すが、読み書きについては試験をすると自分がトップのことが多い。もともと、英語がネイティブではないマレーシア人の話す英語には、文法エラーも多く、日本人からすると「かなりいい加減」である。普段のビジネス会話ならば、語彙数も日本の中学生か高校1年レベルだ。

 彼は考えた。「このレベルでいいならば、会話は単語をつなぎ合わせる程度でいい。価格交渉など重要なことは、記録に残るメールでやればいい。読み書きならば現地人より俺のほうがましだ」。

 そして彼は、雑誌や新聞を作っている現出版社で営業を募集しているのを見て、応募した。営業先には日系企業やレストランも多かったので彼は採用された。

 以来15年。上記を見てわかる通り、彼の英会話力は、ほとんどといっていいほど上達していない。しかし、相手の意見を聞くヒアリング力と、メールでのやりとりでは、きちっと交渉できる。すでに社内では「敏腕営業」としての地位を確立していた。