「バカヤロウ!」がパワハラになるケース、ならないケース
そして、部下への指導に、「部下のために」という真摯な気持ちや、愛情があるかどうかという点も重要です。曖昧な基準だと思われるかもしれませんが、部下への伝わり方や、裁判所の判断にも大きな影響を及ぼします。
1つの事例を紹介しましょう。
あるマンションの建設作業中の話です。巨大なクレーンが行き交い、事故と隣り合わせの危険な現場は、常にピリピリしています。
そんな中、重機が接近してきたとき、その軌道上に突っ立っている作業員がいました。それを見た現場監督が「バカヤロウ! どけっ!」と叫びました。それでも動かない部下に、「バカヤロウ! 死にてぇのか!」と一喝。後日、どなられた作業員が「パワハラだ」「恫喝された」と現場監督を訴えたのです。
この現場監督は、部下が危険な作業現場でぼんやりしていたことに注意を促したわけです。たしかに言葉は乱暴ですが、これがパワハラに当たるはずがありません。
「おまえ! なぜそんなやり方をしたんだ。ダメじゃないか!」
「危ないだろ、バカヤロウ!」
部下がミスを犯したとき、そんなふうに感情的に声を荒げてしまうこともあるでしょう。こうした叱責がパワハラに当たるかどうかは、その言葉に意味を持たせているかどうかにも注意する必要があります。
建設現場監督の「バカヤロウ!」に意味はなく、言わば感嘆詞のように使われていると言えます。一方、たとえば部下に対して「給料泥棒」と言ったときには、明らかに言葉に意味を持たせていますから、パワハラになる可能性が高くなります。
コミュニケーションにおいて、言葉が果たす役割はほんのわずかです。有名な心理学の法則である「メラビアンの法則」を出すまでもなく、話し手が与えるメッセージの伝達度は、視覚によるものが圧倒的に大きいのです。
話すときには、体の動き、ジェスチャー、表情、目線などから感情が伝わります。「バカヤロウ」という5文字の言葉が叱咤激励ととらえられるか、罵っていると伝わるか、その部下の判断は、言葉以外の情報に左右されるわけです。
表情や目線やジェスチャーを訓練するべきだという話ではありません。そこに「部下のために」という思いが本当にあるならば、それは言葉以外のところににじみ出るはずです。
もし、あなたが「バカヤロウ」と言ってしまったなら、どんな気持ちで言ったのか、自分自身に問うてみましょう。周囲はごまかせても自分自身を騙すことはできないはずです。
労働問題専門の弁護士(使用者側)。1994年慶応大学文学部史学科卒。コナミ株式会社およびサン・マイクロシステムズ株式会社において、いずれも人事部に在籍。社会保険労務士試験、衛生管理者試験、ビジネスキャリア制度(人事・労務)試験に相次いで一発合格。2004年司法試験合格。労働問題を得意とする高井・岡芹法律事務所で経験を積んだ後、11年に独立、14年に神内法律事務所開設。民間企業人事部で約8年間勤務という希有な経歴を活かし、法律と現場経験を熟知したアドバイスに定評がある。従業員300人超の民間企業の社内弁護士(非常勤)としての顔も持っており、現場の「課長」の実態、最新の労働問題にも詳しい。
『労政時報』や『労務事情』など人事労務の専門誌に数多くの寄稿があり、労働関係セミナーも多数手掛ける。共著に『管理職トラブル対策の実務と法 労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ』(民事法研究会)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』『新版 新・労働法実務相談(第2版)』(ともに労務行政研究所)がある。
神内法律事務所ホームページ http://kamiuchi-law.com/