このような状況の中で、昨年6月に伊東前社長の後を受けた八郷隆弘社長は、社長候補としては「ダークホース」であった。社長就任会見では「チームホンダ」を強調した。歴代のホンダ社長が突き抜けた人材が多かったのに対し、和を尊重するタイプのようだ。

 事実、6月の株主総会後に八郷ホンダ経営陣容はガラリと変わった。伊東前体制からの池史彦会長、岩村哲夫副社長、福尾幸一専務(本田技術研究所社長)、峯川尚専務日本本部長、山田琢二専務北米地域本部長といった経営中枢の役員が退任した。

 代わって倉石誠司常務中国本部長が八郷社長を直に支える代表取締役副社長に昇格した。倉石副社長は先の第1四半期決算発表で「9年間、中国でやってきて、中国では八郷さんは部下だったが、逆転されちゃった」と笑いをとったが、中国でホンダ車の新車販売台数を年間100万台に乗せた手腕で知られる。

 ホンダにとって大きな位置づけである本田技術研究所社長には、ポスト伊東の有力候補だった松本宣之専務が就任した。経営陣、役員の若返りという意味では、日本の営業を統括してきた峯川専務に代わって抜擢されたのが寺谷公良執行役員である。ホンダカーズ東京中央社長からの本社復帰であり、日本本部長に就任した。ホンダ初の女性執行役員としては、鈴木麻子前東風本田汽車有限公司総経理が抜擢されたことも注目された。鈴木執行役員は、寺谷執行役員とともに国内営業を担当している。

これから手腕が問われる
八郷体制の新経営陣

 いずれにせよ、こうした八郷体制の新経営陣、新役員の手腕が問われるのはこれからである。また、本田技術研究所も含めたホンダ全体が大所帯となっており、大企業病がいつしか蔓延するようなことがないよう「チームホンダ」の本領を発揮していくこともホンダらしさ復活に繋がることになろう。

 伊東前体制でのグローバル600万台計画や「良いものを早く、安くお客様にお届けする」を標榜した攻めのスタンスが品質問題やグローバル需給のギャップに結びついたと批判的な見方をされるが、経営は結果である。

 伊東体制のスタートもリーマンショックの翌年だった。荒波に伊東ホンダ体制も揺れる中で「リーマンをオポチュニティとして大きな方向転換した」と伊東社長は筆者に語ってくれたことがある。