ジェフ・ベゾス自身の言葉による初めての本『Invent & Wander』が刊行された。100万部ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』などで知られるウォルター・アイザックソンが序文を書き、翻訳も100万部超『FACTFULNESS』などの関美和氏が務める大型話題作だ。
その内容は、PART1が、ベゾスが1997年以来、毎年株主に綴ってきた手紙で、PART2が、「人生と仕事」について語ったものである。GAFAのトップが、自身の経営についてここまで言葉を尽くして語ったものは二度と出てこないのではないか。
サイトとしてだけでなく、キンドル、プライム・ビデオ、AWSなど、多くの人が「アマゾンのない生活など考えられない」というほどのヒットサービスを次々と生み出し、わずか20年少しで世界のあり方を大きく変えたベゾスの考え方、行動原則とは? 話題の『Invent & Wander』から、アイザックソンによる序文の一部を特別公開する。

ジェフ・ベゾスの働き方「パワポ禁止、長期思考…」超合理的5大奥義Photo: Adobe Stock

 読者のみなさんは本書を通して、ベゾスのインタビューや著述や1997年以来彼がみずから綴ってきた株主への年次書簡から、多くの教訓を学び、隠れた真実を知ることができるだろう。ここに、私が最も重要だと思う5つの点を挙げる。

【その1】「長期」に目を向ける

「長期がすべて」。1997年に出した、いちばん最初の株主への手紙の見出しに、ベゾスは斜体でそう書いた。「短期利益や目先のウォール街の反応よりも、長期的に市場リーダーとしての地位を固めることを考えて、投資判断を行い続けます」

 長期に目を向けることで、より速くより安くより優れたサービスを求める顧客の利益と、投資リターンを求める株主の利益を一致させることができる。短期ではそれが一致するとは限らない。

 そのうえ、長期思考はイノベーションを可能にする。

「われわれは発明や新しいことに挑戦したい」とベゾスは言う。「長期的な視点は発明に不可欠だ。発明の過程では、かならずたくさん失敗するから」

 宇宙旅行への関心は、遠い未来にたえず目を向けさせてくれるのだとベゾスは言う。

 アマゾンでも実践してきたように、はるかかなたの時間軸を見据える能力は、ベゾスの数ある強みのひとつである。ブルーオリジンの企業理念に、ベゾスはこう記している。

「ブルーオリジンは辛抱強く、一歩一歩、この長期目標を追求していく」

 宇宙開発分野の競争相手であるイーロン・マスクが、度重なる失敗をマスコミに取りざたされたとき、ベゾスはみずからのチームに「ウサギでなく、のろまなカメになれ」と助言した。ブルーオリジンの企業ロゴにはラテン語で「GRADATIM FEROCITER」の文字が組み込まれている。その意味は「一歩ずつ、猛烈に」である。

 数あるベゾスの長所のひとつが、このモットーに律儀に辛抱強く従い続ける能力だ。ベゾスはテキサスに所有する農場で、未来学者のダニー・ヒリスが設計した、1000年に一度カッコーが飛び出す「1万年時計」の建設をはじめた。

「これは特別な時計だ。長期思考のシンボルとして、それを目に見えるかたちにした物体なんだ」とベゾスは言う。

【その2】しつこく情熱的に「顧客」に集中する

 ベゾスは1997年の株主に向けた手紙で、「お客様にこだわる」と書いた。その後、毎年かならず株主への手紙でその言葉を掲げ続けた。翌年には「私たちは、世界で最もお客様中心の企業を築くつもりです」と書いている。

「お客様は鋭く賢いということを大原則に掲げています。……安心している余裕はありません。私は社員たちに、不安を抱き、毎朝恐怖しながら目を覚ますように繰り返し伝えています。恐れなければならないのはライバル企業ではなく、お客様です」

 アスペン研究所とバニティ・フェアが主催したカンファレンスで、ベゾスはこのことについてさらに詳しく話している。

「アマゾンの核にあるのは競合へのこだわりではなく顧客へのこだわりだ」とベゾスは語る。

「お客様はいつも不満を抱えている。お客様に集中することのメリットはそこにある。お客様はつねにより多くを望み、それによって企業を引っ張りあげてくれる。もし競合他社に執着し、市場の一番手であることにこだわれば、まわりを見回し、みんなが自分の後ろにいるのを見て、進歩のスピードを少し緩めてしまうかもしれない」

 顧客に集中し続けるアマゾンの姿勢を表す例のひとつが、ネガティブなレビューも隠さず掲載するという方針だ。

 ある投資家が、アマゾンは物を売ってはじめて利益が出るのに、ネガティブなレビューが商売の邪魔になることをベゾスはわかっていないのではないか、と文句をつけたことがある。

「その手紙を読んだとき、私たちは物を売ってお金を得ているのではないと思った」とベゾスは言う。「お客様の購買判断を助けることで、対価をもらっているんだ」

 ウォルマートもそうだが、アマゾンもまたサプライヤーを搾取し無理に価格を下げさせていると批判される。だがベゾスは、顧客のために「ひたすら値段を下げ続ける」ことがアマゾンの核になる使命だと考える。このところの数年間、アマゾンは主要な顧客満足度調査で最上位に輝いている。

【その3】「パワポとスライド」のプレゼンを避ける

 これはスティーブ・ジョブズも実践していた原則である。ベゾスは物語に力があると信じ、社員たちもアイデアを発表するときはナラティブ形式(叙述形式)の読みやすい資料をつくるべきだと考えている。

「アマゾンではパワーポイント(またその他のスライド)を使ったプレゼンテーションはやりません」。近年の株主への手紙に、ベゾスはそう書いた。「そのかわり、6ページのナラティブ形式の文書を書くことにしています。そして毎回ミーティングのはじめに、勉強会のような感じでその文書をみんなで黙読します」

 上限6ページまでとされるこのレポートは、誰が読んでもはっきりとわかるように書かれていなければならない。それを強いることで、書き手はいやでも思考を整理しなければならなくなるとベゾスは考えている(し、それは正しい)。

 レポートはチームで協力して書いてもいいし、一人のスタイルで書いてもいい。ときには、プレスリリースの提案を文書に組み込むこともある。

「たった6ページのレポートでさえ、チームワークの賜物です」とベゾスは言う。「あなたでなくても、チームの中に文章力がある人がいればいいのです」

【その4】「大きな判断」に集中する

「経営層は、何に対して給料をもらっているのだろう?」とベゾスは問う。「数少ない優れた判断をすることに対してだ。リーダーの仕事は毎日何千もの決定を下すことではない」

 ベゾスは意思決定をふたつに分類している。「後戻りできる決定」と「後戻りできない決定」だ。

 後者は注意深く行わなければならない。

 後戻りできる決定については、意思決定のプロセスを分散させるように努めている。アマゾンには、ベゾスが言うところの「承認への複数の道」がある。

 ほかの組織では、提案は承認にたどり着くまでに、あらゆる階層の上司の門をくぐり抜ける必要があり、途中のどの階層でもつぶされる可能性がある。

 だがアマゾンでは、承認権限のある数百人ものエグゼクティブの中の誰にでも、自分のアイデアを持っていくことができる。

【その5】「適材」を採用する

「多才で優秀な人材を採用し維持することに力を注いでいきます」。初期の株主への手紙にベゾスはそう綴っている。とくに創業間もないころの報酬は、現金よりもストックオプションにかなり偏っていた。「私たちの成功は、やる気のある社員を惹きつけ、留めておくことにかかっているということを自覚しています。ですから、社員一人ひとりがアマゾンの所有者のように考えなければなりませんし、そのために実際に株式を所有してもらわなければなりません」

 採用にあたっては「3つの基準」を考えるよう、ベゾスはマネジャーたちに言い渡している。

「尊敬できる人物か?」
「加入するチームの能力を引き上げてくれる人物か?」
「その人はどの側面でスーパースターになる可能性があるか?」

 アマゾンの仕事は決して楽ではない。ベゾスは採用面接でいつもこう警告する。

「長時間働く、一生懸命働く、賢く働く。いろんな働き方がある。だがアマゾンではその3つをすべて同時にしなくてはいけない」。そう言うベゾスに後ろめたさはない。「私たちは重要なものを、お客様にとって大切なものを、孫に自慢できるようなものをつくりだしているのです。そんな何かをつくるのが簡単なはずがありません。アマゾンには、犠牲を厭わず情熱を持ってこの会社を築いてくれる献身的な社員がいて、本当に幸運です」

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 こうしたベゾスの考え方を聞いて私が思い出すのは、スティーブ・ジョブズの姿だ。その姿勢はときに衝突を招き、人によっては厳しいと感じられたり、残酷だとさえ思えるかもしれない。しかしこの姿勢が、私たちの生き方を変えるような壮大で斬新なイノベーションや企業を生み出すことにもつながる。

 ベゾスはこれらのすべてをやってきた。だが、彼の物語にはこれから書かれる章がいくつもある。ベゾスは昔から公共心があり、今後はもっと慈善活動に力を入れるのではないかと私は感じている。ビル・ゲイツの両親がゲイツを社会貢献の道へと導いたように、(ベゾスの両親の)ジャッキーとマイクも、幼児教育をすべての子どもたちに届けるという使命に力を注ぎ、よきお手本となっている。

(本原稿は、ジェフ・ベゾス『Invent & Wander』の序文からの抜粋です)