車 浮代
第62回
魚偏に「雪」と書いて「鱈《たら》」――。この字は元々中国にはなく、日本人が作った和製漢字だそうです。元禄時代に刊行された食材事典、『本朝食鑑《ほんちょうしょっかん》』に、「鱈」という漢字の由来として、「鱈は初雪の後に取れる魚ゆえ、雪に従う」とあります。

第61回
先ごろ、「和食」がユネスコの無形文化遺産に認定されました。日本全国で自生する芹は、『古事記』や『神大記』にも登場する、数少ない日本原産野菜の一種で、和食には欠かせない食材と言えます。

第60回
日本原産種で、北は北海道から南は九州まで、広く栽培されて来た栗は、我が国にはなくてはならない樹木でした。栗、胡桃《くるみ》、団栗《どんぐり》などの木の実は縄文人の主食だったことがわかっています。農耕が行われるようになってからも、栗の実は非常食の一種とされていました。

第59回
秋になると中国大陸から飛来し、長旅の疲れを癒して丸々と肥え太った鴨は、冬が最もおいしくなる季節です。江戸時代に書かれた『料理物語』には、多様な鴨の調理法が記されていることから、日本人が鴨を好んで食べていたことがわかります。

第58回
かつては東京湾の芝浦で大量に獲れたため、その名がついた「芝海老」は、江戸前の代表とされる魚介類の一種でした。体長が10~15cmほどの、細身でほんのりピンクがかったグレーの海老で(大きめの甘エビを灰色にした感じ)、長いひげを持っているのが特徴です。

第57回
じゃがいもが初めて日本に渡来したのは、織田信長が安土城に居城を移した、天正4年(1576年)のことだと言われています。当時は「南京芋」と呼ばれており、同じ頃長崎に、玉蜀黍《とうもろこし》や西瓜《すいか》、南瓜《かぼちゃ》の種子も渡って来ました。

第56回
少し前に『NHKスペシャル』で放送され、話題になったダイオウイカ。体長3mを超える超・巨大イカが深海を泳ぐ様子を初めて目にし、金属製のロボットのように見える、メタリックな輝きに驚いたものです。

第55回
古来から日本人に食べられてきた茸に、松茸、椎茸、榎茸、しめじ茸、平茸、舞茸などがありますが、中でも舞茸は見つけるのが難しく、「幻の茸」と呼ばれていました。舞茸の名前の由来は、「形状が群舞しているように見えるから」という説と、「見つけたら舞い上がるほど嬉しいから」という説があります。

第54回
素麺の原型は、奈良時代に中国から遣唐使によって伝えられた、『索餅《さくべい》』という食品だとされています。『索餅』は小麦粉で作った縄状のもので、唐菓子であったという説と、元から麺であったのが菓子になった、という説があります。

第53回
1年の内、6~8月が脂が乗って最も美味しいとされる穴子は、江戸前の寿司と天麩羅には欠かせない、定番のネタ(タネとも言う)です。「江戸前」とは江戸の前、つまり江戸湾で獲れる魚、という意味ですが、現在も羽田空港の近くの「海老取り川」では、穴子、蝦蛄《しゃこ》、鯊《はぜ》、鰈《かれい》、鱚、鱸《すずき》、鰻など、江戸料理でお馴染の魚が獲れるそうで、特に穴子と鯊は「甘みがあっておいしい」と評判とのことです。

第51回
魚偏に「喜」と書く鱚は、縁起の良い魚として、徳川将軍の朝食には欠かせない食材でした。将軍は朝五つ(午前8時頃)、中奥《なかおく》と呼ばれる将軍の住居スペースの御小座敷で、髪を結われながら食事をします。

第50回
「瓜売りが瓜売りに来て瓜売れず(瓜売れ残り、とも)売り売り帰る瓜売りの声」という、江戸時代から語り継がれる早口言葉があります。

第49回
梅雨に入り、産卵を前にした、今が最もおいしいと言われる鱧(はも)――。関東以北の方々にとっては馴染みの薄い魚かも知れませんが、関西、特に京・大阪の夏には、なくてはならぬ高級魚です。鱧食の歴史は古く、縄文時代の貝塚から骨が見つかっています。

第48回
早くも梅雨入りした今年の日本列島。「梅雨」という字は、梅が実る時期に来る雨季を表してつけられたそうです。毎年6月になると、青梅が店頭に並び始めます。

第47回
於多福豆《おたふくまめ》、一寸豆、唐豆、刀豆《たちまめ》、はじき豆、四月豆、大和豆、夏豆、いかり豆……など、そらまめの呼び名は数多くあります。一般的な漢字使いは蚕豆と空豆ですが、「蚕《かいこ》」の字を使うのは、さやの形が蚕に似ているから、あるいは蚕が繭《まゆ》を作る時期に美味しくなるからだと言われています。

第46回
「蛸は夜に岸に上がり、八足を地につけ、飛ぶように走って畑に入り、芋を掘って食べることもある」まさかと思われる方も多いでしょうが、実は「蛸は月夜に畑に入り、芋や大根を食べる」という伝説は、日本各地に残っています。

第44回
世界中には、約2800種類ものエビがいるそうですが、現在日本で食べられているのは20種類程度です。中でも古くから食されていたのは、シバエビ・クルマエビ・スジエビ・テナガエビで、これらは縄文時代の貝塚から発掘されています。

第43回
日本では、縄文時代から食べられていたとされている「ひじき」は、奈良時代から現在に至るまで、伊勢神宮に供えられてきた「神饌《しんせん》」の一種です。伊勢湾は上質の海藻が採れる産地として、「伊勢ひじき」や「伊勢あらめ」は、日高昆布、浅草海苔、品川海苔、鳴門若布《わかめ》などと並んで、江戸時代にはすでにブランド商品とされていました。

第42回
栽培のしやすさと、痩せた土地でも育つことから、世界中で栽培されている蕪――。その歴史は古く、中国最古の詩篇である『詩経』や、古代ギリシャ史に蕪に関する記述があるというのですから、2千年以上の食の歴史を持つことになります。

第41回
縄文時代から食べられていた蜆は、同心円状に成長し、殻に輪状の筋が刻まれる様子が縮んで見えることから「しじみ」と名付けられたと言われています。
