車 浮代
第40回
「ほうれん草の葉っぱは、いつから丸くなったのだろう?」もう20年以上も前になりますが、自炊し始めた頃、そう思った記憶があります。筆者が子どもの頃は、ほうれん草の葉はギザギザで、形としてはタンポポの葉に近いイメージがありました。

第39回
太古からの長い食用の歴史を持つ海苔ですが、江戸時代中期まで、海苔は数ある海藻類の中でも、群を抜いた高級食材でした。

第38回
土地柄によって、また各家庭によって、日本ではさまざまなお雑煮が作られ、代々伝え継がれてきました。当初、雑煮は正月に限らず、広く祝いの席や神事の折に作られていました。この頃は全国的に丸餅が使われ、三種の神器の一つである八咫鏡《やたのかがみ》や魂(心臓)、もしくは望月(満月)を形取ったものとも言われています。

第37回
「食べ物の恨みは恐ろしい」と言いますが、江戸時代初期、まさしくその食べ物の恨みで、四万五千七百石の大名家が取り潰された事件があったことをご存知でしょうか?原因となった食材は、この季節、身のすみずみまで脂を蓄えた、旨味たっぷりの“寒鰤”です。

第36回
世界中で日本ほど、牛蒡の食べ方を知っている国はないのではないでしょうか。そもそも、牛蒡を食用とする国は、日本と韓国と台湾だけだそうです。原産地である中国やヨーロッパでは牛蒡は薬であり、食材として認識されてはいません。

第35回
魚偏に春と書く「鰆。春が旬かと思いきや、身が美味しいのは冬の「寒鰆」です。身が締まって脂が乗った寒鰆は、青魚とは思えないほど、上品で淡白ながら、奥深い味わいがあります。

第34回
近年までマツタケよりも高級だった「椎茸」。日本産の椎茸は味が良く高く売れたため、江戸時代は「ハレの日」の食材として珍重されていました。生でも干しても、ローカロリーで効能が盛りだくさんの椎茸は、美容と長寿を心がける方々の、心強い味方です。

第33回
江戸時代には、全国で栽培が始まった南瓜。室町時代、ポルトガル船によってもたらされたのが、中南米が原産の南瓜の種(後の日本かぼちゃのルーツ)で、この船がカンボジアを経由していたため「かぼちゃ」と名付けられました。

第32回
「しらす」は漢字で「白子」と書きます。釜ゆでして浜に広げて干した状態が、大岡裁きや遠山の金さんでおなじみの、お白州に似ているからだと言われています。100g強で、成人男子が一日に必要なカルシウム量が摂取できます。

第31回
中南米が原産とされる薩摩芋が日本に伝来したのは、1597年のこと。中国に漂流した宮古島の役人が帰島する際、中国から苗を持ち帰ったのが最初とされています。薩摩芋が国内に広まった最大の要因は、育て易さにありました。

第30回
太古から日本の食卓を潤し、畑の肥料や家畜の餌となり、照明用の油(魚油)として使われるほど豊富に獲れた鰯。多い時には日本の総漁獲高の1/3を占めていたものの、昨今では激減しています。

第29回
築城の際、石垣用の巨石を運ぶのに、当時は「あらめ(昆布)」が使用されていたという。縄文時代末期に、中国から伝わったとされる長い昆布食の歴史は、栄養価の高い食品以外にも縁起物や築城などにも活用されていたのだ。

第28回
すらりとした形の美しさと、淡白で上品、香気溢れる味の良さで、鮎は古代から貴賎を問わず愛される高級魚として扱われてきた鮎。おいしさの秘密は、川底の石についた、「石垢」と呼ばれる珪藻や藍藻を食べるため。

第27回
法隆寺での酒肴として供されたという記述が残っている枝豆。奈良時代から塩茹でがポピュラーな食べ方で、大人も子どももおやつ感覚で楽しんでいました。アルコールを分解する働きがあるので暑気払いにピッタリの野菜です。

第26回
新石器時代から食べられていたと言われる鰻ですが、“夏バテ防止に鰻を食べる”という習慣は、奈良時代にはすでに確立されていました。江戸中期までは下賎な食べ物でしたが、白焼きの発明により地位が向上しました。

第25回
日本の夏の食卓に欠かせない野菜である胡瓜だが、江戸時代後期までは人気のない野菜だった。利尿作用と身体を冷やす作用から、胃腸の弱い人が食べると下痢をしたことから毒があると考えられていたのだ。

第24回
日本人が食べる烏賊の量は、実に世界全体の消費量の1/3以上を占める。江戸の屋台では「烏賊焼き」や「烏賊の天麩羅」が売られ、「烏賊の木の芽和え」は、江戸っ子か好んで食べた料理だった。

第23回
南アジアが原産で、3世紀以前に中国の呉から日本に伝来したとされる生姜。今でも愛される江戸のブランド野菜の「谷中しょうが」の生姜畑は、日が暮れるまで眺めていたい里=「日暮里」の原風景でもあった。

第22回
味が良いから「あじ(鯵)」か、群がり集まるからあじか。名前の由来は諸説あれど、これから夏に向けて旬を迎える鯵は、青背の割にはクセがなく、縄文の昔から日本人に愛されてきた魚です。

第21回
八代将軍・徳川吉宗に名付けられた青菜として、江戸の街で人気となった小松菜。江戸のブランド野菜として、吉宗没後も「菜は東葛西領小松川辺の産を佳作とする。世に小松菜と称せり」として愛されました。
