
西岡慎一
#22
日米関税交渉が合意に至り、自動車関税や相互関税は15%と事前に通告されていた水準から引き下げられた。しかし、トランプ関税の日本経済への影響は大きく、年間最大5兆円に及ぶ輸出の減少と5年後に59万人規模の雇用調整圧力が生まれ、日本経済は生産性低下や地方弱体化といった構造的な課題に直面する。

トランプ関税政策は対外収支を国益のバロメーターと位置付け米国への中長期的な現金流入の最大化を図る重商主義的政策だ。世界の成長力を低下させ、実質GDPを1%押し下げる。米国自身も経済の非効率化などのマイナスのブーメラン効果を受け、日本は製造業などの雇用調整が加速する懸念がある。

2025年の日本経済はサービス業がけん引し緩やかな景気回復が予想されるが、中国市場の低迷や中国企業との競争激化で苦戦を強いられている製造業が景気拡大の重しになる懸念がある。製造業の不振は25年春闘の賃上げや株価を抑制し、日本経済の「好循環」シナリオを狂わす不安材料だ。

4~6月期GDP統計で実質個人消費が5四半期ぶりにプラスに転じたが、中高年層の消費意欲が弱く、「賃金・物価の好循環」が定着したとしても中高年層の消費低迷が景気の足かせとなる可能性がある。中高年層では、年功序列型賃金の調整で所得が抑えられる一方で、ローンの返済、子どもの教育や親の介護の負担増加などの将来不安が高まっており、今後も節約を強いられる可能性がある。

円安進行が経済の好循環を阻んでいる。とりわけ中小企業では、円安が収益減少を通じて賃金を下押ししている可能性は否めない。現在の円安進行が日米金利差拡大に起因し、その底流にわが国の生産性停滞がある以上、成長力強化策は欠かせない。

金利正常化が進んでも経済全体の設備投資は以前ほど減少しない可能性が高い。しかし借り入れが大きい不動産業や運輸・宿泊といったサービス業など「4業種」は借入金利1%上昇で設備投資は▲4.6%となる見通し。不動産市場落ち込みで景気や金融機関経営が悪化するほか、運輸、宿泊は省力化投資が抑えられる影響も懸念される。

利上げの家計への影響で懸念されるのは、急増する変動金利型住宅ローンの返済負担の増加だ。短期金利の2%上昇で住宅ローン層の消費を3%超押し下げ、実質GDPを0.3%下押しする。激変緩和措置があるため影響はすぐには出ないが、下押し圧力は長く続き、返済不履行が広がれば融資の慎重化などで景気押し下げ効果を増幅することに注意が必要だ。

「年収の壁」による就業調整を緩和する対策は人手不足の解消には力不足だ。扶養に入ったままでいるメリットが依然として大きいことなどから社会保険料を払って働くパート従業員らがどの程度増えるかは不透明だ。

賃金上昇が定着するには企業が人件費の増加を適切に価格転嫁できることが重要だ。そのためには消費の4割を支える高齢者の所得環境を改善し物価が上がっても消費が落ちないよう年金の仕組みなどを見直す必要がある。

価格転嫁の広がりや春闘の好調で賃金・物価の好循環サイクルに入る萌芽が見られる。持続させるには実質賃金の上昇で家計の「値上げ耐性」をいかに強めるかだ。金融政策の正常化も適切なタイミングで行われれば好循環の持続を後押しする。

米FRBは利上げペースを緩和したが、人手不足でサービス価格は依然として上昇基調で、労働者の賃上げ要求は根強い。「賃金・物価スパイラル」が生じると高金利が長期化し、深刻な景気後退に陥るリスクには注意が必要だ。

インフレ圧力の高まりで欧米の中央銀行などが利上げを加速させ、世界的に政府債務が発散する過程に入り、それが金利をさらに上昇させる懸念がある。日本は財政黒字化の道筋をつけることが喫緊の課題だ。
