円安進行が経済の好循環を阻んでいる。とりわけ中小企業では、円安が収益減少を通じて賃金を下押ししている可能性は否めない。わが国では、中小企業の持続的な賃上げが「失われた30年」からの脱却のカギを握るだけに、今次の円安進行は政府・日本銀行にとっても看過しづらい。ひとまず為替介入で歯止めをかけたようにも見えるが、現在の円安進行が日米金利差拡大に起因し、その底流にわが国の生産性停滞がある以上、成長力強化策は欠かせない。
過剰な円高が起点だった過去の円安進行
ここ数年で円安が急速に進行している。足元では、円ドルレートが4月末に一時1ドル160円台と34年ぶりの円安水準に達し、その後も150円台半ばで推移している。ロシアのウクライナ侵攻勃発で物価が急騰し、各国の中央銀行が利上げを開始する前(110円台)からわずか2年余りで円はドルに対して4割ほど減価したことになる。
変動相場制に移行して以降これだけ急速に円安が進んだのは、黒田東彦日本銀行総裁(当時)が大規模緩和を開始した2010年代前半と、金融不安で「日本売り」が広がった1990年代後半の2回のみ。だが、いずれも70~80円台の行き過ぎた円高の是正という色合いが濃かった。
円安は、基本的には経済全体にとってプラスとの見方が強い。わが国の経常収支は昨年から明確な黒字に転じており、海外での受け取りが支払いを上回っている。これは円安になるほど円換算された黒字額が膨らむことを意味する。
ただし、経常収支の構造は大きく変わり、経常黒字の主な源泉は、かつてのような輸出ではなく、海外現地法人などからの利子・配当となっている。こうした所得の3割は現地に滞留しており、日本国内に為替差益が還元されるわけではない。円安による経常黒字は、かつてほどには国内の設備投資や賃上げにつながらなくなっている。