「おもてなし」と「思いやり」の違い

 いずれにせよ、この調査結果からいえることは、多くの日本人の自己イメージに反して、「日本人は思いやりに欠ける国民」だということだ。おもてなしの国・日本の民が、なぜに思いやりに欠けるのか――。それは日本文化における「他人」の捉え方、いわば「コミュニティ意識」の問題である。

 そもそも「おもてなし」とは、お客様に対する気づかいのことである。日本人はたぶん、お客様に対しては世界トップクラスの「気づかい国民」なのだろう。外国人観光客はその名のとおり「お客様」なので親切にする。だから、日本に旅行に来た外国人の多くは「日本人は親切だ」と言う。

 しかし、「思いやり」とはお客様に向けた言葉ではない。「おもてなし」と「思いやり」は、やはりまったく別モノである。たとえば、「外国からのお客様をおもてなしする」とはよく言うが、「お客様を思いやる」とはあまり言わない。逆に、「ホームレスの人たちのことを思いやる」とは言うが、「ホームレスの人たちをおもてなしする」とは言わない。ホームレスも、障害者も難民も「思いやる」ものであって、「おもてなしする」ものではないのだ。そこには、「お客様」は自分たちのコミュニティの(一時的な)成員であるが、「思いやりの対象となる人たち」は自分たちのコミュニティの人間ではない、という意識が透けて見える。

 ただし、そんな「思いやりの対象となる人たち」にも、日本では「優先順位づけ」がされることがある。たとえば途上国支援への批判。「海外の人たちを助けているヒマがあったら、日本のホームレスや障害者を支援しろ」のようなものだ。これはつまり、「自分たちのコミュニティの人間優先」という志向性の表れでもある。僕は少なくとも、欧米の人たちからこうした優先順位づけ的な意見や批判を聞いたことはない。社会的弱者の支援において、国内・国外を分けて考えるのは日本人だけではないだろうか。むしろこの「身内優先文化」が、「世界寄付指数」の順位を大きく下げている原因ではないかとさえ思う。

「納税」は社会貢献なのか?

 「寄付」や「社会貢献」、そしてそれを支える「思いやり」というものは、文化だ。ミャンマーのような経済的に豊かとはいえない国が3年連続で1位になっていることに驚く読者も多いかもしれないが、そもそも寄付というものは金を持っているからするものではない。アメリカでも所得に対する寄付額の割合、いわば寄付エンゲル係数といったものは、富裕層より貧困層のほうが高いという調査レポートもある。また、日本では「多額の税金を納めているから(社会的な義務を果たしている)」という理由で1円の寄付もしない、1分たりともボランティアをしないという中小企業のオーナー経営者がけっこういるが、このことからもやはり、寄付や社会貢献は「文化」だとわかる。