「トランプ相場」を見抜くために、
思い出すべきだったこと
私を含めたプロの投資家が、米大統領選の見通しを立てるうえで重要な参照項としていたのが、2016年6月の英国のEU離脱決定(Brexit)である。
このときは、一時は1ドル100円割れとなる円高が起き、日経平均株価も1万4000円台の安値(2016年の最安値)をつけた。日本だけでなく、米国のダウ平均株価も1万8000ドル前後から1万7000ドル前後に下落するなど、世界的な株安が起きた。しかし、私はこの直後にも「EU離脱に対する金融市場の反応は『過剰』だ」との記事をウェブメディアの連載に寄稿し、「日本株は遠からず急落前の水準に戻る」との予測を示していた。
実際、Brexitの混乱は長くは続かなかった。リスク資産が売られたのは7月初旬までで、株式市場は早々に急落前の水準を回復した。英国のEU離脱はもちろん政治的には大きなイベントだが、そもそも英国が世界経済に及ぼす影響はかなり限られているし、イングランド銀行(BOE)が積極的な経済政策を打ち出すことはわかっていたので、英国経済の失速は回避されるというのが、われわれの見立てだった。
この予想が完全に当たったかどうかを判断するのは時期尚早だが、少なくともBrexit直後のマーケットの動きが過剰反応だったのはたしかだろう。その後の英国ではメイ首相率いる新政権が誕生したが、EU離脱に向けた政治的な動きはあまり進んでいない。一部では再度の国民投票で離脱決定が覆るかもしれないとの観測もあるほどだ。
政治については不透明な部分が大きいが、少なくとも経済の面ではBOEが素早く金融緩和に動いたことで、ポンド安とともに英国株の上昇があった。7月以降の英国の経済指標は底堅く推移しており、Brexitに伴う経済ショックはかなり軽微にとどまっている。
裏を返せば、日経平均株価が1万4000円台の安値まで下げたBrexit直後のタイミングは、2016年最大の投資機会だったとも言える。このときにメディアの情報やマーケットの混乱に惑わされることなく、いまがチャンスだと捉える判断力があった人は、投資家としては相当の嗅覚の持ち主ということになるだろう。
「円高リスク」の珍説が
チャンスを生み出している
一方、われわれが9月時点に考えていたのが、「このとき得られた経験則は、米大統領選でも当てはまるかもしれない」ということである。もちろんBrexitと米大統領選とでは世界経済への影響度も異なるし、多くの要因が複雑に絡み合うので、単純なアナロジーを適用するのは危険だ。
ただ、2016年年初を大底に世界経済全体は緩やかながらも回復を見せていたし、程度の差はあれ、クリントン、トランプ両候補ともに経済動向に配慮する姿勢を打ち出していた。だとすれば、選挙結果がどちらに転んでも、米国経済が失速する可能性はそれほどない。「もしも選挙の結果を受けて株安などが起きれば、それはBrexitのときと同様、リスク資産への投資機会と見なすべきだ」―これが、私がコンタクトしている多くの海外投資家たちの見方だった。
一方、円高リスクは小さいとの判断を日本の経済メディアで示していた専門家は、私以外にはわずかしかいなかった。国内の証券会社やシンクタンクに所属する為替アナリストたちのあいだでは「米大統領選は円高要因になる」という見方が支配的だったのである。
「万が一トランプ氏が勝利すれば、Brexit後のように1ドル100円を割り込むような円高が起こるリスクもある」と強調する人だけでなく、「クリントン大統領になろうとも円高になる」という見通しもあったくらいだ(後者のロジックについては、私にはもはや理解不能だが……)。