私の息子はそれほど太っているわけでもないのに、最近、脂肪肝と診断され、父親の悪い遺伝子をもらったね、といわれてしまった。かつて私も、父親の手術に立ち会った直後に、体調を崩して大学病院へ入院し、脂肪肝を指摘された。
「柴田先生、教授の回診です」とY主治医とM教授、そして数名の医師が、寝ている私の病室へ入って来られた。「頭痛と微熱。肝機能異常と肝臓の異常陰影の精査入院です。画像診断では肝臓のCTでS7に局所性病変が指摘されています」とY先生が説明している。
私はあわててパジャマをまくった。教授は私のベッドの脇へ腰をかけられ、柔らかい手でお腹を触診しながら「肝臓の影は別とは思うけど、最近、いろいろ新種のウイルスがいるからね」と声をかけて来られた。「肝臓の異常陰影は…」と教授がおっしゃりかけたとき「脂肪肝があるのですが、ガンかもしれないので精査を進めています」とY先生が言葉を発した。「じゃ、しっかり調べてください」と教授。
いつもの回診でのやり取りであり、医者同士の会話の中での「ガンかもしれない」という言葉。私も医者であるから、肝臓の影がガンではないことを確認するための入院であることは百も承知していた。しかし、今回は患者の立場の私。回診の一行が去った後も「ガンかもしれない」「ガンかもしれない」という言葉だけが壊れたレコードのように繰り返し、繰り返し鳴り続けた。
このときは結局、原因不明の頭痛と発熱は改善し、脂肪肝と肝臓の異常陰影を持ったまま、私は退院した。
退院後も、闘病中の父を前に、頭の中では例の壊れたレコード「ガンかもしれない」がときどき鳴り出す日が続いた。私の食欲は落ち、体重はどんどん減っていった。そして3ヵ月後、脂肪肝と肝機能異常は劇的に改善した。
その数年後、ある肝臓疾患研究会でひとりの放射線科医の発表を聞く機会があった。「肝臓へは、胃、十二指腸そして小腸、大腸で吸収した栄養分、水分が、門脈と呼ばれる血管から運び込まれます。胃の静脈へ入った栄養分は門脈で合流して肝臓へ流入しますが、まれに門脈に合流せず、直接肝臓に入るタイプがあります。胃では脂肪吸収はほとんどされず、胃の血流が直接入り込む領域は、肝臓の中でも脂肪沈着が非常に少なく、局所性病変として映し出されることがあります」という発表であった。
私は、これだ、と感じた。あのときの影は、肝臓の脂肪沈着の“むら”が“肝臓の影”として映し出されたものだったのだ。一方、腫瘍マーカーと呼ばれる血液検査がある。代表的なものとしてCEA、CA19―9と呼ばれる腫瘍マーカーがある。とくに大腸ガンやすい臓ガン、胆道ガン、胃ガンなど消化器ガンに用いられる代表的なマーカーである。CEAは、糖尿病患者や喫煙者の場合、ガンがなくても異常値を示すことがあるが、比較的正確度は高い。一方、CA19―9は、正確度が低く、ちょっとした炎症や個人差などで異常値がよく出る。