震災後、一時控えていた海外出張を4月に入って再開した。出張先は中国上海だった。東京の家を出たのは日が昇ったばかりの早朝だった。家の前に広がる公園は、桜が満開の時期を迎えている。例年ならばすでに場所取り用のシートや新聞紙などが敷き詰められている頃だが、今年はまったくなかった。花見の自粛はやめようと呼びかける人もいたが、花見を楽しむ心の余裕は震災後の日本人にはない。いや、日本人だけでなく、日本に居住している私たち外国人も同じ心境である。現在住んでいるマンションに引っ越してから、毎年欠かさずマンションを背景に満開の桜をカメラに収めてきたが、今年は花にレンズを向ける心境にはなかなかなれなかった。
上海に到着した夜、食事に誘われた。震災後の安否の話がしばらく続いたが、やがて話題は上海の花見になった。上海で桜の花見だって?最初は見当がつかなかった私もみんなの話を聞いているうちに、情報の整理ができた。
上海には顧村公園という公園がある。宝山区外環線S20の北側に位置する。公園完成後は面積430ヘクタールと上海では最大を誇る郊外型の森林公園になるそうだ。ただ、一期工事が終わったばかりの現段階ではまだ180ヘクタールしかなく、これまではそれほど注目を浴びていなかった。だから、上海生まれの私も今回の出張まではその存在にまったく気づいていなかったのである。
この顧村公園はいま上海で最も話題となっている場所だ。実は、顧村公園の一角にある約13万平方メートルの土地に20数種類の桜が植えられている。その本数は1万本以上で、なかには樹齢50年を超えた古木もあるという。そこで3月30日から4月20日にかけて上海第1回桜祭が開催されることとなった。
中国の江南あたりでは、春に「踏青」という習慣がある。日本では俳句などを書くときの季語にもなっている。分かりやすく言えば、春の息吹を大自然の中で体感することだ。今は春の遠足ととらえられることも多い。
顧村公園側は当初、1日の来客数は最大で5万人くらいだろうと見積もっていた。だが、桜が見頃になった4月最初の土日になると、予想していた倍に当たる10万人を突破した。入場券を購入するために3時間も列を並ばなければならなかった。「上海万博の再来」と揶揄されるほどの盛況ぶりだった。
公園側はその予想外の人気に嬉しい悲鳴を挙げながら、慌てて上海万博の際にできたボランティアネットワークを利用し、翌日から数百人もののボランティアを動員して、花見の現場の秩序維持に当たらせた。桜の花見の魅力に対する認識も改め、対応体制の再構築に追われているという。