「しかし、川崎さんはすごいですねえ。お若い女性なのに、上海で会社を経営なさっているとは。頭が下がりますよ」
「ろくに中国語も話せないくせに、向う見ずな女だと思っていらっしゃるんでしょう? 正直に言っておきますが、私は自分の実力で会社を経営しているわけじゃありません。会社の実質的なオーナーは私の父です。中国で仕入れたドアやクローゼットにフローリング、それと、今日見ていただいた桐の羽目板などは、全て父の会社へ向けて輸出しているんです。ですから私がやっている仕事は、自分勝手に商品を仕入れて、営業努力など関係なしに送りつけるだけの楽な仕事なんです」
慶子も物怖じせずに快活に話す。
「失礼ですが、お父様はどのようなお仕事を?」
好奇心に惹かれた岩本会長が質問する。
「川崎産業といいまして、東京で不動産のデベロッパーをやっております。主にマンションの開発を……」
「川崎産業さんですか、存じております。お付き合いはありませんが、私もこの業界の人間ですからお噂は聞いておりますよ。首都圏で分譲マンションを積極的に手掛けておられる、大手のデベロッパーさんだ」
岩本会長は本当に驚いたらしく、声のトーンが上がっている。
「詳しい内容は私にも分かりませんが、今も会社は忙しいようです……。で、問題児の私は、父の仕事にかこつけて、1年前に海外逃亡してきたんです。中国に興味があったので」
「そうですか。でも、海外では会社のバックなど関係ありません。ご自身の人格で仕事を作らなければいけないのですから、大変だったでしょう」
慶子を褒めてあげようと優しい言葉を継ぐ岩本会長に、慶子は好意的な笑顔を向けた。
「それにもう一つ……。私は、若いと言える歳ではありません」
「ほう、お幾つですか?」
老人の特権で、無遠慮に尋ねる。
「今年三十路に入ります」
「それじゃあまだまだ若い。少なくとも私よりはね」
「でも、山中さんよりは年寄りだと思います。そうでしょう?」
「えっ」いきなり話を振られた幸一が、喉に料理を詰まらせる。
「山中さんはお幾つですか?」
重ねて問われた幸一は、ビールで喉を洗い流してから答えた。
「……26です」
「ね、おばさんでしょう?」