【前回までのあらすじ】
立芳の帰京に同行する隆嗣。立芳の両親と妹に紹介され、もてなしを受けた隆嗣は、日本への一時帰国後、再び訪れることを約束した。
幸一は中国にやってきた岩本会長をアテンドすることになった。訪問先の丸太工場で、大きな声をまくしたてる日本人女性、川崎慶子と知り合う。慶子の依頼で、隆嗣の経営する「クラブかおり」を紹介することになった幸一は、慶子に会えることを密かに期待していた。

(1989年1月、上海)

 日曜日の魯迅公園、その寒空の下では、子供を連れた父親が凧揚げをしたり、時間を持て余した老人がぶらぶらと散策したりしている。公園の中央、近代中国文学の至宝であり思想界を牽引した魯迅の銅像の前では、観光に訪れている日本人の団体が記念撮影をしていた。

 凛として椅子に腰掛けた魯迅を写した坐像の後ろ、裸の木々に囲まれた空間で、魯迅の背中を見ながら集っている20名ほどの学生たちは、重い綿のコートや人民解放軍払い下げの外套など様々な厚着をして寒さをしのぎながら、白熱した議論を繰り広げていた。

 その輪の中心に立つ二人の青年が討議を支配している。一人は陳祝平で、もう一人は精悍な顔つきに鋭い目を持った男だ、名は焦建平(ジャオ・ジェンピン)といって、上海興工大学の4年生だった。

 学者風の容貌を持つ祝平とは対極的な印象を与える建平であるが、二人の民主化を必然とする論調は重なり合っていて、そのリーダーシップは同志の学生たちが認めるところである。二人は、集う仲間たちから名前の共通文字を以って『两平(リャンピン)』と、敬意と愛着を以って呼ばれていた。

 その二人を取り囲む輪の中には、立芳と隆嗣の姿もあった。

 出会った時から政治的な発言が目立っていた立芳だが、最近では祝平やその仲間たちとの交流が深まり、隆嗣もそれに付き合って集会に顔を出すようになっていた。

 そんな隆嗣の行動に、ジェイスンからは「将来は中国とのビジネスをするつもりで留学してきたんだろ。あまり派手に動くと、公安に目を付けられてビザが取れなくなってしまうぞ」と忠告されていたが、まったく同じ懸念を持つからこそ、彼は立芳に付き添っていたのだ。

 将来を共に生きる決心をした立芳が、過激になりつつある学生たちの流れに呑み込まれてしまわないように監視することを自分に課していた。しかしその一方で、学生たちの真っ直ぐな意見や純粋な心情に触れることで、自分の胸が揺さぶられていることも自覚していた。

 集まった学生の中には、すでに顔見知りになった顔も幾つかあった。祝平はもちろん、彼の傍らでサポート役をしている李傑(リー・ジエ)も、同じ華盛大学の学生であり、立芳や陳祝平のクラスメートなのでキャンパスでもよく顔を合わせていた。祝平と同じように痩身で、高い鼻梁と大きな口を持つ美青年であるが、顔にそぐわない甲高い声で誰彼掴まえては議論を挑むバイタリティー溢れる男だった。

 この民主化運動学生グループを構成するもう一方の勢力である興工大学でリーダー格を務めている建平も、隆嗣の顔を見ると手を上げて歓迎の挨拶をしてくれるようになっていた。