学生たちは白い息を吐きながら冷気の中に熱い言葉を交わしている。
「確かにトウ小平同志が推し進める開放政策は、現状の閉塞的な経済を打破する唯一の道だと思う。しかし、その方法に問題がある」
「何が問題だというんだ?」
「外向きには開放と言いながら、国内は何ら開放されていない。今までも一握りの特権階級が牛耳ってきたが、その連中が握る利権に群がる人間が増えて拝金主義が加速されているに過ぎないじゃないか」
「それは、共産党の官僚を指して言っているのか?」
李傑の言葉に、一瞬みんなが押し黙った。学生らの自由な表現を寛容の態で見守る姿勢を続けている政府だが、さすがに共産党自体への批判となると話は別だ。
「これこそが問題だ。みんなは共産党への批判になると、どうしても口が重くなってしまう。根本的な問題に目を背けたままでは、本当の改革は、民主化は遂げられない」
祝平が過激な指導者としてあえてタブーを口にし、それに応じて建平も声を上げる。
「トウ小平同志は、経済成長による格差をあえて容認し、『白猫であれ黒猫であれ鼠を捕るのが良い猫である』と表現したらしいが、我々庶民は決して猫ではないんだ。共産党の特権階級の者だけが人間で、国民を動物のごとく扱うことからして間違っている。すべての人に人間としての権利を認めさせるためには、民主化への道を進まなければならない」
学生たちは『两平』の熱意に圧されて黙って聞いていたが、存在感を出そうと李傑が声を上げた。
「我々学生は、幸運にも日々学問をすることができる。それは、国民の利益になることだと認められているからなんだ。では、我々が成し得る国民の利益とはなにか。それは、学問をする暇がない人々に、我々が探求した理想を示して啓蒙することにあると思う」
「人々を啓蒙するなんて、それは思い上がった思想で、危険ではないかね」
誰かが反論するが、建平がそれを押しとどめる。
「李傑君は、学問探求の重要性を述べるために、そういう言い方をしたのだと思うよ」
その救いに、李傑も大きく頷いて応えている。
「しかし、我々は狭い学問に囚われず、広く外部の意見も聞いてみるべきだと思う……」
そう言いながら、建平は隆嗣の方を指差した。
「日本人である伊藤君の意見を聞いてみたいが、どうかな?」
学生たちの中からパラパラと数名の拍手が鳴る。