トップダウンとボトムアップが強烈にぶつかり合う玉塚流「全員経営」Photo by Yoshihisa Wada

ローソン・玉塚元一会長の経営者としての原点は実業家であった祖父・父の姿にあり、「自分で起業し、経営をしなければ一人前とは言えない」との思いから、ファーストリテイリング退社後に企業再生を担う「リヴァンプ」を起業した。そのリヴァンプへの思いや、ローソンへの転身の経緯、そして玉塚会長の考えるあるべき経営者像について聞いた。(聞き手/「ダイヤモンド・オンライン」編集長 深澤 献)

「会社を倒産させない」ことが経営の原点だと学んだリヴァンプでの経験

――「独立して自らを賭しながらでないと企業経営はできない」という自覚を持ち続けていた玉塚さんが、「丁稚奉公先」であるファーストリテイリングを退社して設立したのがリヴァンプでした。

玉塚 柳井さんのもとで働いて、「一度は絶対に自分で起業しなくてはダメだ。そうしなければ一人前とは言えない」という思いはさらに強くなっていました。そこで2005年に、友人でもあった澤田さん(貴司、現・ファミリーマート社長)と設立したのがリヴァンプです。

 リヴァンプとは、「活性化」とか「刷新」という意味です。経営危機にある会社や成長性のある会社にチームとして飛び込んでいき、会社を元気にする。それをやる軍団を作ろう、と。

 そのためにいろいろな修羅場をくぐってきた人間が集まり、そういう人間が活性化を必要としている企業に飛び込んで、成功も失敗も共有しながら会社を元気にする。そうやって経営を学んで身に付けた人材をどんどん輩出していく。そうしなければ日本産業は元気にならないし、流動化もしないと考えたのです。言ってみれば、僕たちが構想したのは「経営者の梁山泊」でした。

――単なる投資ファンドではない。

玉塚 そうです。出資もしますが、より大切なのは日々のオペレーションに入り込んで、会社を元気にするノウハウを備えていくことでした。ですからリヴァンプ当時は、僕は10社ぐらいの社外取締役に就いていて、月曜日はハンバーガーチェーンにいて、火曜日は化粧品会社にいるといった生活を続けていました。

――リヴァンプ自身の経営は順調だったのですか。

玉塚 当初は苦しかったですね。自分たちのお金を投入して入っていくのですが、それだけでは、資金繰りは苦しい。

 また会社を建て直そうとすると、事業モデルとかITシステムとかマーケティングとか、いろいろな無駄や非効率な部分にメスを入れていかないと前に進みません。支援先の企業に対して、1週間に一度経営会議に出て、「なんで、こんなことができないの」と怒ってばかりいても、会社は何も変わらない。

 こちらが課題解決に特化したチームとして現場にしっかり入り込んでいかないとダメなんですね。そうしてやっていくうちに「コンサルタント契約をして応援してください」という会社が増えてきました。我々も、支援先の社員と一緒になって本気で戦った。そうしたことを積み重ねて、ようやくリヴァンプの経営にもキャッシュの流れが出てくるようになりました。

 一番きつかったときは、創業から2年目ぐらいですね。関与していた会社が倒産の危機に直面したんです。澤田さんと、「あと2000万円突っ込めば10日は回るが、さてどうするか」などと議論しているところに、その会社から上がってくる数字が日によって全然違ったりして「これどうなってんだ!」みたいな状況で、ギリギリまでやっていました。でも結局は民事再生を申請して、僕たちは債権者集会で「本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。

――「会社が倒産する」ということを経験したのは大きかったのでは。

玉塚 本当にそのとおりです。そこで感じたのは、やはり企業経営の原点とは「会社は倒産する」という当たり前の事実でした。柳井さんはよく、「会社は砂上の楼閣のようなものだ」とおっしゃっていました。

 会社というのは実態がない。「お客さまの支持」がなくなれば一瞬にして崩れ落ちるんです。いくら立派なオフィスや工場があっても、それはお客様の支持がなくなれば、何も意味がない。つまり砂上の楼閣なのだ、と。これはもう本当にそのとおりです。お客様からの支持が全て。これを身をもって理解できるかは、経営者になる絶対条件ですね。