「優れたリーダーはみな小心者である」。この言葉を目にして、「そんなわけがないだろう」と思う人も多いだろう。しかし、この言葉を、世界No.1シェアを誇る、日本を代表するグローバル企業である(株)ブリヂストンのCEOとして、14万人を率いた人物が口にしたとすればどうだろう?ブリヂストン元CEOとして大きな実績を残した荒川詔四氏が執筆した『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)が好評だ。本連載では、本書から抜粋しながら、世界を舞台に活躍した荒川氏の超実践的「リーダー論」を紹介する。
「地位は人をつくる」のではなく、「ダメな人」をつくる
「地位は人をつくる」といわれます。
それなりの地位に就くと、その地位にふさわしい人間に成長していくという意味ですが、私はかなり疑わしい言葉だと考えています。むしろ、「地位は“ダメな人”をつくる」というほうが真実に近い。
これは、若いころから薄々感じていたことです。私は、おおむねよい上司に恵まれてきましたので、そのことに非常に感謝していますが、なかには、「自分は能力があるからこの地位に就けた」と勘違いして、尊大な態度を取り始める人物もいました。
偉そうに部下を呼びつけては威張り散らすような鼻もちならない人物を見ていると、「地位は“ダメな人”をつくる」「地位は“変な人”をつくる」という言葉を思い浮かべずにはいられませんでした。そして、優れたリーダーは、「地位は“ダメな人”をつくる」ということをしっかりと認識し、「自分がそうなってしまうのではないか……」という臆病な気持ちをもっています。それを、教えてくれたのはブリヂストン元社長の家入昭さんでした。
私を秘書課長に指名した直後、家入さんはこう言われたのです。
「誰でも、社長になったとたんに裸の王様になる。俺も、すでにそうなってると思うが、それはとても恐いことだ。お前はおとなしそうに見えるが、上席の者に対して、事実を曲げずにストレートにものを言う。俺が期待しているのはそこだ」
裸の王様については、改めてご説明するまでもないでしょう。
アンデルセンの有名な童話の主人公で、目に見えない服を着せられているのに気づかず、子どもから「王様は裸だ」と指摘されて、はじめて自分の真実の姿に気づくという戯画的な存在です。社長になったとたんに、誰もが、そのような戯画的な存在になる。家入さんは、その危惧を表明したうえで、私に童話中の「子ども」になれと命じたわけです。
だから、その後、私は「裸の王様だ」と感じたときには、率直にそれを伝えるように心がけました。もちろん、社長にモノを申すわけですから、たしかな根拠をもつために事実関係などをしっかり把握。そのうえで、相手は大社長ですから丁寧に言葉を選びはしますが、言葉をオブラートに包むのではなくストレートに指摘しました。
ところが、やはり家入さんも生身の人間。私ごときに異議を唱えられて、おもしろいはずがない。みるみる不機嫌になるのを目の当たりにして、当初はドキドキしたものです。ときには、言い争いのようになったこともありました。
しかし、頭を冷やすと、家入さんは必ず言動を修正していました。私は、その度にホッと胸をなで下ろすとともに、内心の葛藤に耐えながら、「裸の王様」にならないために戦っておられることに感じ入るものがありました。