当時のマスコミは悪法の
宣伝役を担っていた!

 この法律ができたプロセスを振り返っていけば、「社会のためになる」と喧伝して、社会に“優生思想”を潜ませた「犯人」が誰かは明白である。そう、マスコミだ。

 先ほど紹介した旧優生保護法の成り立ちは、この問題を扱うマスコミの解説を真似ただけで、本当のルーツはもっと時代を遡る。実は、この法律には前身となるものがあるのだ。それがナチス・ドイツをはじめ当時、欧州でポピュラーだった、優生学に基づく「断種法」にならって、日本政府が1940年に成立させた「国民優生法」である。

 当時のマスコミは一大キャンペーンを行い、国民に「優生学」を啓蒙した。たとえば、1941年7月1日の読売新聞では紙面の半分以上を割いて、厚生省の課長のインタビューをデカデカと掲載。「日本の民族の繁栄へ・優生法實施」「悪質遺傳を減少」「よい子をどしどし産む」と、これでもかというくらいのPRを行った。

 中でも特筆すべきは、しきりに「日本の危機」を煽っている点だ。「健全者」と「不健全者」の人口をグラフで示し、30~120年後にかけて「不健全者」が圧倒的に増えていくイメージを見せて、こんな記述をしている。

「国民の素質は現在のままに放置すればだんだん低下する。(中略)現在は不健全者と健全者が同数だとしても百二十年後には図のように真に恐るべき結果を来します。これを防止するためにこそ優生法は誕生したのです」

 断っておくが、このような論調は「読売」だけではない。他の新聞やラジオでも当たり前のように、「危機」を煽って「優生法」の重要さを力説した。

 つまり、マスコミが国民優生法を重要であると喧伝し、日本社会もそれを受け入れたからこそ、戦後の旧優生保護法につながったわけで、戦後の経緯のみを洗っても、「国が悪い」という極めて近視眼的な結論しか出てこないのである。

 問題の本質を読み解くには、戦前のマスコミによる嵐のような「優生学が日本を救うキャンペーン」があり、それを大衆が是としていたという事実を直視しないことには、何も始まらないのである。