老舗企業がコミュニティ施策で売上を伸ばす
そして、このようなコミュニティ形成の取り組みはインターネット関連企業に限った話ではない。
インスタントコーヒーで知られるネスレの日本法人は「ネスカフェ・アンバサダー・プログラム」と呼ぶコミュニティ施策によって、日本でのビジネスを大きく躍進させている。
2009年、ネスレはコーヒーマシン「ネスカフェ・ゴールドブレンド・バリスタ」を発売した。
これは「ネスカフェ・ゴールドブレンド」などの専用カートリッジで1杯分ずつコーヒーが淹れられるマシンで、翌年には家庭向けに50万台を販売。コーヒーマシンの家庭向け国内市場が100万台の中で圧倒的なシェアを占めた。
しかし、ネスレは家庭向け市場では40%という高いシェアを誇るにもかかわらず、オフィス向け市場ではわずか3%と散々な状況だった。しかも、オフィス向け市場はコーヒー市場全体の60%と大きく、この市場で存在感を出すことが、ネスレにとっての大きな課題だった。
日本には全国で600万事業所が存在し、その90%が20人以下という小さなオフィス。そのようなオフィスには自動販売機などを導入するような余裕はない。しかし、ネスレの営業社員が一つ一つに出向いて、そこの総務部門に導入提案をしていくことも現実的ではない。
そのときに思いついたのが「ネスカフェ・アンバサダー・プログラム」である。インターネット上で「アンバサダー」と呼ばれる人を募集する。
アンバサダーは、ネスレが無料でオフィスに設置したコーヒーマシンに、有料の専用カートリッジを用意、同僚がカートリッジでコーヒーを淹れて飲むと料金をその同僚から徴収する。最終的にアンバサダーは自身のクレジットカードでまとめて決済するというものだ。
アンバサダーは注文などの手続きも担うが、すべてはボランティアだ。それにもかかわらず、初めての募集で1000人以上がインターネットで応募してきたという。
このプログラムが始まったのは2012年。ちょうど、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアが勃興して一般に広がり出した時期にも重なる。
そうした時代の波に背中を押されたこともあったが、それから順調に数を増やし、2017年時点で、実に35万人ものアンバサダーが生まれたというのは驚異的である。
ネスレは単に「ネスカフェ・ゴールドブレンド・バリスタ」というコーヒーマシン専用カートリッジの販売チャネルとしてアンバサダーを利用しているというだけではない。ネスレ自らがプロアクティブにコミュニティの育成を図っている。
ホテルでのパーティからキャンプなどのアウトドアイベント、工場見学、海外のコーヒー豆の産地ツアーなど、様々なプログラムが組まれ、多くのアンバサダーが参加しているという。
まさに、ネットワークのハブとして、より多くの「構造的空隙(※)」を押さえるとともに、それぞれのコミュニティとの密結合を進める動きである。
※構造的空隙とは、シカゴ大学ビジネススクールのロナルド・S・バートが提示した理論で、その基本的な考え方は、「企業が競争優位を確立するためには、多様な情報を獲得できる組織にする必要がある」というもの。ネットワーク上で、重複しない接点同士の距離を意味し、簡単に言えば、ネットワークのハブになった者が競争優位に立つことができるということ。
(この原稿は書籍『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)