海運激変! トランプ関税下の暗夜航路#3Photo:PIXTA

海運業界は、ドイツ一国分ともいわれる温室効果ガス(GHG)の排出量を抱える巨大排出源だ。近年は重油からバイオ燃料やLNG(液化天然ガス)へとかじを切り、脱炭素戦略が進展しているものの、最終目標であるGHG排出ゼロには技術、安全性、インフラ整備の課題が山積。海運業界は一枚岩となって、脱炭素戦略を推進できるのか。特集『海運激変! トランプ関税下の暗夜航路』の#3で、脱炭素戦略の本丸に迫る。(ダイヤモンド編集部 田中唯翔)

2050年GHGネットゼロに向け
肝心の燃料転換はこれから加速

「2023年度時点で、輸送単位(トンマイル)当たりの温室効果ガス(GHG)排出量は19年度比7.2%を削減できた。24年度は、さらに良い水準になると見込んでおり、これまで順調に脱炭素に突き進んでいる」

 商船三井の引間透執行役員がそう話すように、業界全体でドイツ一国分に相当する量のGHGを排出する海運業界では、脱炭素に向けた取り組みが焦点となっている。

 23年に国連のIMO(国際海事機関)で採択された50年のGHGネット排出ゼロ達成に向けて、08年比で最低でも30年までに排出量を約20%、40年までに約70%削減する中間目標を掲げ、海運各社はこれに沿って独自の削減目標を設定している。

 具体的なGHG削減手法として、現在各社が実施しているのは、主に省エネ技術の導入や運航効率化だ。減速航海やプロペラの推進性能改良によって船が水上を動く際に発生する波から受ける力を抑え、船舶の燃費を向上させることでGHGを削減している。

 これまで活用できていなかった風力を利用した技術開発も積極的だ。

 例えば商船三井は、硬翼帆を活用した次世代風力推進装置「ウインドチャレンジャー」を開発し、ばら積み船へ搭載(下画像)。風力で船舶の推進力を補助し、最大で約8%の燃料削減効果が確認されているという。

海運業界「次世代燃料の本命」は何か?各国各社の思惑が交錯、ゼロエミ達成は業界“協調”の試金石に商船三井ウインドチャレンジャー搭載1隻目「松風丸」 写真提供:商船三井

 しかし、これらの施策はゼロエミッションに向けた助走にすぎない。ここまで“順風満帆”に見えたGHG排出削減の歩みだが、実はここからが本当の正念場だ。

「今はどちらかというと従来の燃料を使いながら効率面で改善を重ねている段階だが、これだけでは50年のゼロエミッションに到底間に合わない。そこで重要になるのが『燃料転換』だ」

 引間氏が課題感をあらわにするように、脱炭素に向けた各社の取り組みはこれから本格化する。

「次の一手」は、省エネではなく、燃料そのものを変えることだ。GHGを本質的に減らすには、重油依存から脱却し、根本的なエネルギー構造の転換に挑まなければならない。

 代替燃料として注目されているのが液化天然ガス(LNG)だ。重油に比べてCO2排出量が少ないとされ、導入が進んでいるが、それでも「ゼロ」には届かない。なぜなら、LNGも炭素を含んでおり、移行期の燃料にすぎないからだ。

 そこで業界が次に見据えるのが、アンモニアやメタノールなどの次世代燃料だ。30年代にかけて、LNGからこうしたゼロエミッション燃料への切り替えが本格化するとみられている。

 ただし、アンモニアやメタノールには、それぞれ一長一短があり、現時点ではいずれも決定打に欠ける。日本勢の多くはアンモニアを中核とする構想を掲げるが、燃料コストや安全性、バンカリング(船舶への燃料供給)設備の整備など、乗り越えるべきハードルは高い。

 海運業界に課せられた難題、ゼロエミッション。その解決策は一つではない。次々と次世代燃料船が竣工していく中で、覇権を握るのは、アンモニアか、メタノールか、それとも別の燃料なのか。次ページで、次世代燃料競争の最前線に迫る。