グロービス・キャピタル・パートナーズで数多くのベンチャーを支援してきた高宮慎一氏と、著者であるチャン・キム教授(INSEAD)に任じられ『ブルー・オーシャン・シフト』の日本企業ケースを執筆したムーギー・キム氏の対談後編。前編では、市場創造のパターン、中編では組織を動かすための要件について語ってきた。後編では、ブルー・オーシャンを泳ぎ続けている企業の要件や、ベンチャーキャピタリスト業界のブルー・オーシャンについて語り合う(構成:肱岡彩)。

メルカリが切り開いた魅力的なブルー・オーシャン
――「売る」ための競争ではなく、「体験」を提供

メルカリで考えるブルー・オーシャンを泳ぎ続ける企業の条件ムーギー・キム
ブルー・オーシャン・シフト研究所日本支部 代表
慶応義塾大学総合政策学部卒業。INSEADにてMBA(経営学修士)取得。外資系コンサルティングファーム、投資銀行、米系資産運用会社、香港でのプライベートエクイティファンド投資、日本でのバイアウトファンド勤務を経て、シンガポールにてINSEAD 起業家支援企業に参画。
INSEAD時代に師事したチャン・キム氏に任じられ、世界中に拠点を有するブルー・オーシャン・シフト研究所の日本支部の代表として、新刊『ブルー・オーシャン・シフト』では、付録の日本ケースの執筆を担当している。著書に『一流の育て方』(ダイヤモンド社)『最強の働き方』(東洋経済新報社)、『最強の健康法』(SBクリエイティブ)などがある。』

ムーギー:ブルー・オーシャンを切り開く際には、リーダーの果たす役割が大きいというお話がありましたが、ブルー・オーシャンの中で、泳ぎ続けている企業のリーダーに共通する点はありますか。

高宮:よく言うのは、ぶれない大局観と柔軟な戦略性を兼ね備えている起業家っていうのはすごく大事にしているんです。経営者や起業家にこれが揃っていると、上手く行っていることが多いと思います。
 ぶれない大局観は価値定義を指していて、Whatに当たる部分です。これは、自社にとってのブルー・オーシャンを定義すること同じだと思います。この大局観はぶらさない。
 一方、その価値をプロダクトやビジネスモデルに落とし込む時のHow に関しては、いろいろな試行錯誤があっていいと思うんです。HowはPDCA を回しながら、自分たちが切り開こうとしているブルー・オーシャンにフィットした形へと変化させる柔軟性が必要です。

ムーギー:企業の具体例はありますか。

高宮:例えばメルカリですね。
 メルカリはC to C のフリーマーケットのように捉えられていて、当初はヤフオクもあるし、楽天もあるし、そんなに広がらないかもしれないという懐疑的な見方もありました。けれども実は、新しい価値を定義しているんです。

ムーギー:それは何ですか。

高宮:「便利に、安く商品を入手する」という価値から、「楽しいショッピング体験」という価値へとシフトしています。
 楽天やヤフオクだと、スモールビジネスやせどり業者が多く利用していて、商品の相場観が大体決まっています。オークファンのようなサイトが存在し、ヤフオクでこの品物が幾らで落札されているというデータベースまで揃っている。だから、ある意味、経済性をベースに市場が回っていて、市場価格が形成されています。
 一方で、メルカリは、典型的なのは、当初立ち上がった子ども服や女性ファッションです。買い手側にとってはめちゃくちゃ高いブランドの子ども服だけれど、売り手からすれば子どもが成長してしまって、いらなくなってしまったもの。お小遣い程度になればいいやと思うようなジャンルの品物なんです。だから、ちょっとした値段で出品します。ヤフオクなどの相場からすると、べらぼうに安い値段で出品されていることも多く、買い手はメルカリを長時間利用して、掘り出し物を見つけることが楽しみになっていたりするんですよね。

ムーギー:市場原理が働く、既存のオークションサイトとは値段の面で大きく違ったんですね。

高宮:そうなんですよ。そしてより大きなポイントが体験を売ることです。実際に欲しいもの見つけた時に、「このブランド好きなんですね、私もです。これをもうちょっと安くしてもらえませんか?」みたいな、コミュニケーションが出来る仕組みがあります。まさにリアルなフリマみたいに、ショッピング体験が楽しいという価値を提供しています。「欲しいものが決まっていて、一番安く便利に買える場を提供する」という、既存のオークションサイトの競争軸から、ずらしたわけです。
 さらに、競争軸をずらすという点でもう一つ。メルカリは市場原理の場ではなくなったので、オークションのように、値段がどんどん上がっていって、需給が合致するところで収束してマッチングするみたいな機能が不要なんです。即決できる仕組みにしたことで、欲しいものがすぐに手に入るわけです。

ムーギー:売り手側は、経済合理性的には他のサイト、例えばヤフオクに出した方が 値段は高くなる可能性が高いわけですよね?

メルカリで考えるブルー・オーシャンを泳ぎ続ける企業の条件高宮慎一
グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)代表パートナー
GCPではインターネット領域の投資を担当。GCP参画前は、戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトルにて、ITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導。東京大学経済学部卒(卒論特選論文受賞)、ハーバード大学MBA(二年次優秀賞)。
投資担当先には、アイスタイル(東証3660)、カヤック(東証3904)、ピクスタ(東証3416)、メルカリ(4385)、ナナピ(KDDIグループ入り)、ランサーズ、ビーバー、リブルー、ミラティブなどがある。

高宮:その可能性もあるけれど、早く売れるとか、面倒でないという点を重視する人もいます。だから、オークション機能をそぎ落としたことによって、すぐ売れるという他にはない価値を提供しているんです。

ムーギー:ヤフオクでも「5万円で即決」のような出品は出来ますよね。確かにインターフェースを見ると、メルカリの方が楽しいかもしれませんが…。

高宮:ヤフオクではそういった使われ方は、メインじゃないんですよね。「オークション」という形で市場を定義し、ブランディングをして開拓しているので、今更ヤフオクで、即決で売りたい人が大量に集まるかというと、なかなかそうはならないんです。

ムーギー:確かに、なるほど。

高宮:メルカリも、Howの部分は柔軟に変えていると思います。例えば、最初は検索機能がなかったんです。カテゴリーごとに、ひたすらガーっとページをスクロールして見ていく。その中で掘り出し物を見つけるような仕組みだったんです。
 モノが少ない時は、この形式でもよかった。ただし、規模が大きくなるのに合わせて、検索機能はつきました。
 ただ、検索を付けたからといって、市場原理に基づく方向にシフトしたかと言われれば、そうではないんです。体験型の価値を実現するためにも、それにフィットした形での検索ってあるよね、みたいな形で、少しずつ変えています。
 まさにぶれない大局観と柔軟な戦略性だと思います。