ウォルト・ディズニーの社長兼CEOロバート A. アイガーは、マイケル・アイズナーの後継者候補のなかでは本命ではなかった。しかし、2005年にディズニーのCEOに就任するや、彼の手腕を疑わしく思っていた人たちは赤面することになった。同社を混乱に陥れていた経営陣の内輪もめを鎮静化させるために、素早く手を打ち、その後、この巨大メディア企業のCEOとして、収益性の高い新規事業に次々に着手したのである。

彼は、現代主義者と伝統主義者の間で緊張が続く伝統企業のリーダーとして、伝統を重んじることの大切さと同時に、伝統が進化し続けることの重要性について強調する。さらに、企業の持続的成長を可能にするリーダーシップとは、中央集権型の意思決定を避け、長期的業績に基づく報酬制度を導入し、直感的な決断を尊重し、独創的な試みによる失敗に寛容な態度を示すことであると説く。

技術と伝統とミッキー・マウス

HBR(以下色文字):CEOに就任された当時のウォルト・ディズニーは、かなりひどい機能不全に陥っていたように思います。そのような状況に、どう立ち向かわれたのですか。

ロバート A. アイガー
Robert A. Iger
ウォルト・ディズニー・カンパニーの社長兼CEO。

【聞き手】
アディ・イグナティウス

Adi Ignatius
『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌 編集長

アイガー(以下略):私がCEOに就任する以前の5年間は、敵対的買収が企てられたり、株主の反発を招いたり、取締役会の重要メンバー2人の間に確執があったりなど、当社には苦しい時期でした(図表「ディズニーにおけるロバート・アイガーの軌跡」を参照)。この間のさまざまな揉め事によって、とんでもない混乱が生じたため、ディズニーは厳しい視線を浴びることになりました。

 私はCEO就任に当たり、当社に自信を取り戻させるチャンスが与えられたと感じました。そして、それを実現すれば、一般の人たちから当社への信頼を獲得できると考えたのです。

図表「ディズニーにおけるロバート・アイガーの軌跡」
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 そこで私はまず、ディズニーに世界で最も称賛される企業、すなわち顧客と株主の皆様、そして社員たちから高い評価を受ける企業になってもらいたいと宣言しました。当社の社員すべてに職場への熱意を取り戻してほしいと思ったのです。

 当初直面した難題について、いくつかを挙げていただけますか。

 まずは、取締役会の反体制派の2人、具体的にはロイ E. ディズニーとスタンリー・ゴールドにかけ合わなければなりませんでした。これは、前任者のマイケル・アイズナーにも、不可能とはいえないまでもやっかいなことだったでしょう。なぜなら、彼に落ち度があったわけではないのですが、彼らの間の傷ついた関係はもはや修復不可能になっていたからです。

 私は新顔でした。旧体制派の1人と見られてはいましたが、みずからを仲裁役と見立てることができました。そして実際、その役割を果たしました。そのかいあって、経営をめぐる確執は過去のものになりました。

 それは御社にとって、どのような意味がありましたか。

 大きな意味がありました。なぜなら、確執は企業にとってきわめて破壊的で、気を逸らせるものだからです。争いの最中にある時は、生産的な活動を犠牲にして戦いを繰り広げているわけですから、会社を経営することが非常に難しくなります。私は、戦いを終結させようと懸命に取り組みました。そして経営をめぐる確執を終わらせた時、社内に安堵感が広がりました。

 すぐに正す必要があると感じた物事の一例を挙げていただけますか。

 当社はかつて技術の変化を、チャンスというよりもむしろ脅威ととらえていました。私がその見方を逆転させました。というのも、私は心の底から「当社は技術を味方とすべきである」と信じているからです。実際、創設者のウォルト・ディズニーは技術を大いに信頼していたのですから、技術は本来、当社の一部だったのです。

 あなたは、伝統の「重荷」について苦言を呈したと伝えられています。いまなお、どの程度、その重荷に抵抗しているのでしょうか。