独バイエルの子会社バイエル マテリアルサイエンス(BMS)のアメリカ法人の社長兼CEOを務めるグレゴリー・ベイブは、業績は比較的好調だったにもかかわらず、ピッツバーグの本社部門の閉鎖を告げられた。化学業界は、業績が景気循環より需要動向に左右されるいわゆる構造不況業種だが、この北米本社は、不景気になると小手先のコスト削減で乗り切り、一段落すると元に戻るという悪循環を繰り返し、そのせいで間接費が膨らんでいた。

しかしベイブは、この死刑宣告を受け入れるのではなく、変革によって利益を持続的に生み出す組織に再生することを約束し、逆に7000万ドルの予算を引き出した。彼は、ジョン・コッターの「8段階の変革プロセス」に倣って全社改革を推し進め、ビジネスプロセスの再設計、アウトソーシングによるサプライチェーンの主要プロセスの変動費化、販管費の25%削減、新しい組織能力の獲得といった成果を、わずか1年半という短期間で、しかも当初予算を1000万ドル下回る支出によって実現し、構造不況の罠から抜け出した。

北米本社閉鎖の危機に待ったなし

 2007年9月に化学・医療大手バイエルの子会社、バイエル マテリアルサイエンス(BMS)の取締役会(ドイツ企業の場合、執行役員会に相当する)が開かれた時、そこに参加していた取締役たちは、私がいかにしてピッツバーグ郊外にあるBMS北米本社の間接費を大幅削減するのか、その詳しい計画を発表するものと思っていた。だが、私はむしろ7000万ドルの追加予算をお願いした。

グレゴリー S. ベイブ
Gregory S. Babe
独バイエルのアメリカ法人バイエル・コーポレーションおよびバイエル マテリアルサイエンスLLCの社長兼CEO、バイエルの北米シニア・レプレゼンタティブ。

 それ以前にBMSグローバル本社経営陣と北米事業の将来について話し合ったのは、2007年初めのことである。その時、BMSグローバルの新CEOから、テキサス州ベイタウンで開かれる取締役会に参加するように言われた。

 私は2004年半ばからBMSノースアメリカのCEOを務めていたが、グローバル・ガバナンスにおける役割は大したものではなかった。というのも、バイエルの戦略的方向性は、常にドイツ本社の取締役会が決めていたからだ。

 就任から比較的日が浅かった私は、その会議で全世界の売上げのほぼ4分の1を生み出す北米事業の独自性、直面している課題、投資すべき分野、将来に向けた計画について話し合われるものとばかり思っていた。したがって、私をはじめとする北米本社経営陣は、北米地域の付加価値を示す提案をいくつか用意していた。

 しかし、テキサス州での会議に出てみると、取締役会は驚くべき提案を持ち出してきた。ピッツバーグの北米本社を閉鎖し、その本社機能とR&D資源を3事業部門で分割し、北米全土および全世界の各拠点に移管するというのである。取締役たちは、北米の組織は膨張しており、その結果、バイエル全体の効率や成長を阻んでいると考えていた。

 CEO就任以来、私はいかに業務の効率化を図るかについて経営幹部たちと話し合ってきたが、もはや待ったなしという状況だった。

 私は、「ピッツバーグを閉めたいとおっしゃるのなら、それでもけっこうです。しかし、北米におけるBMSの競争力を高めたいと本気でお考えなら、それは可能だと思います」と言った。

 間接費の膨張にどう対応するのかという案を練るのに時間がほしい、と私は頼んだ。グローバルな視点ではなくローカルな視点から問題を検討するのは、バイエルのガバナンス構造のなかでは異例のことだったが、取締役会は私にチャンスをくれた。ただし、一世一代の博打である。何しろ、私の将来がかかっていただけでなく、北米事業全体の信頼性が問われていたのだから。