何も言えなくなったBさんを残して、Dさんは「さ、行きましょ」と子どもの手を引いて歩み去った。Aさんは勇気百万倍。小さな声で「そう、そうなんだよ」とつぶやき、足取り軽くドアを開けて作業所に向かった。

 3つ目のシナリオは、サイアクと理想の間の、どこかにありそうな現実につながる。

「生活保護の人たちってズルい」というBさんが話しかけた相手は、ワーキングプアのEさんだった。夜勤明けのEさんは、「オレ、とにかく眠いから。よくわからないけど、ズルいと思うんだったら、柏木ハルコの『健康で文化的な最低限度の生活』ってマンガ読んでみたらいいんじゃないですか?」と自室に入っていった。

 Bさんが実際に、生活保護とケースワーカー業務が描かれたコミック作品『健康で文化的な最低限度の生活』(小学館)を読むかどうかは不明だ。Aさんも、そのコミック作品は知らなかった。とにかく、「生活保護ってズルい」という意見が支持されたわけではなかった。Aさんは、あまり心配せずにドアを開けて、外に出て作業所へ向かった。

誰も変わらないままでも
変化を起こすことはできる

 これら3つのシナリオで、背景および登場人物と「キャラ」、Aさんの部屋のドアの外にBさんがいたことは共通している。違うのは、「そこに誰がやってきたのか」だけだ。Cさんは同調し、Dさんは反論し、Eさんは反論せず正確な情報源を知らせた。DさんとEさんのケースでは、Aさんはドアを開けて外に出て作業所に向かうことができた。

 昨晩のテレビ番組の内容を、「生活保護ハラスメントがあった」「生活保護ハラスメントに明確な異議が唱えられなかった」と捉えると、3つのシナリオは「生活保護ハラスメントに市民としてどう対応するか」という違いとなる。

 個々の対応としては、「ハラスメント」と認識しないBさんとCさん、「ハラスメント」と明確に認識しているかどうかは不明だが許さない構えを見せるDさん、少なくとも「ハラスメント」に同調はしなかったEさんの3通りだ。Bさん・Cさん・Dさん・Eさんは、Aさんが生活保護を利用していることは知らない。しかしDさんとEさんは、結果として、Aさんに対する「生活保護ハラスメント」に加担しなかった。