それよりも考えるべきは、これらの発言をするに至った背景ではないかと思います。これらの発言をする人たちは、自分の限られた経験だけからの価値判断が正しいと思い込んでしまったのではないでしょうか。

 個人的に、これはちょっと危険な兆候ではないかと思っています。グローバル化が進む中で生きていくには、多様性を受け入れる寛容さを身につけることが不可欠です。そのベースとなるのは、自分とは違う人たちや自分の常識にないことを理解しようとする想像力です。特に日本では、これから外国人単純労働者の受け入れが始まるのですから、なおさらです。

 そう考えると、もしかしたら意外と多くの人が、自分の限られた経験だけに依存し、無意識のうちにそれらの寛容さや想像力を失いつつあるのかもしれません。その原因としては、格差の拡大、ネットやソーシャルメディアの悪影響(自分に近い考えや同質の仲間ばかりの環境が、当たり前になってしまう)といった、いくつかの理由が考えられます。

 いずれにしても、おそらく南青山に住む人たちは、競争力のある優秀な人が多いと思われますが、もしそうした層の人たちの視野が狭くなりつつあるのだとしたら、それは非常に憂うべき問題ではないでしょうか。

2019年は自らの視野の狭さを
意識して修正していくべき

 以上のように考えると、どうも今の日本では野党やメディアのみならず、一般人も物事を考えるときの視野が非常に狭くなっているように感じます。

 野党やメディアがダメだからそれが国民に伝染したのか、国民がダメだから野党やメディアもそのレベルに合わせてしまっているのか、因果関係はともかくとして、こうした問題もかなり深刻ではないでしょうか。これでは、政治の側が間違った政策決定を行なっても、その本質的な部分に対する批判を回避するのは簡単だからです。

 ただ逆に言えば、これだけ野党やメディア、そして一般人の現状が露呈されたことは、それを修正するよいきっかけにすることも十分可能なはずです。東京オリンピック後のしんどい状況に日本が直面するまでには、まだ時間があります。これを奇貨として、2019年は一人ひとりが「自分の視野は狭くなっていないか」と、常に自問自答するようにすべきではないでしょうか。

(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 岸 博幸)