そして2010年には3位に、2013年には「セレ女ブーム」を巻き起こしながら4位に躍進しながら、いい流れを継続できないまま2015年にはまたもやJ2での戦いを余儀なくされた。クラブの方向性をつかみかけては見失う負のスパイラルを食い止めない限り、本当に意味での強さは身にまとえない。

 玉田前社長の言葉を借りれば、セレッソの歴代社長はトップパートナースポンサーのヤンマー株式会社及び日本ハム株式会社から「落下傘的にやってきて、3、4年務めて帰っていく」形が取られてきた。玉田前社長自身もヤンマー出身だけに、歴史を変える異例のメスが入れられたことになる。

「強いクラブには歴史というか伝統がある。鹿島や川崎を見れば、GMが長い期間、しっかりとクラブを見ることが必要だと分かる。その意味でウチはモリシ(森島)がポジションこそ違うけれども、初代ミスターセレッソとしてクラブを一から十まで知っている。加えて、選手出身ならではの目線や新たな視点でクラブの経営にあたってくれるという期待がある。なので、彼の場合は長期政権になると思っています」

 ヤンマー及び日本ハムの強い意向を受けて、大抜擢に至った理由を玉田前社長はこう説明した。強化部門ではなく、組織全体の責任者として今も愛してやまないセレッソを常勝軍団へ変貌させていく。覚悟を決めた青年社長を支えるために、不慣れな数字面などを担う人材も周囲に配置された。

「セレッソというクラブを今まで以上にいい方向に導く、という責任感を誰よりも強く持って臨みたい。主役である選手たちがピッチでより輝けるように、僕たちがいい環境を作ってサポートしていきたい」

 スタッフから手渡されたタオルで額に光る汗を拭いながら、新社長は所信を表明した。現役時代には「日本で一番腰の低いJリーガー」と呼ばれた面影は、経営者の道を歩み始めるこれからも変わらない。第一声を発する直前にも、会見のために用意された部屋へ頭を深々と2度下げてから入ってきた。

「まだ社長と呼ばれることに慣れていなくて。すみません」

 セレッソとして初タイトルを獲得した昨シーズンのYBCルヴァンカップでは胴上げされるも、4回宙を舞うところを2回でピッチに落とされた。誰からも愛されるキャラクターの持ち主は、謙虚で飾らない人柄をそのままに、さらには「これからはしっかりと背筋を伸ばして」と誓いを立てながら、セレッソの一員になって29年目にして未知のチャレンジを踏み出す2019年の幕開けを心待ちにしている。(文中敬称略)