『BLUE GIANT』10巻はここまで。高校を卒業して上京し、なんとかミュージシャンへの道を歩きだすまでだ。ここまでで五木寛之の『青春の門』筑豊篇自立篇のようだと思った。

 続編の『BLUE GIANT SUPREME』は、宮本大がテナーサックスを抱えてドイツのミュンヘンへ旅立つところから始まる。偶然出会った大学生クリスに助けられ、ライブにも出演するようになる。その後、南のミュンヘンから北のハンブルクへ移り、ポーランド人のピアニスト、ドイツ人女性のベーシスト、フランス人のドラマーとカルテットを組んで歩きだす。

 どうしてミュンヘンへ行ったのかというと、おそらくドイツ人と日本人はアメリカ人以上にジャズが好きだからである。

 これは本当のことだ。1980年代にアメリカのピアニスト、マル・ウォルドロン(1925~2002年)にインタビューしたことがあるが、彼がそのように話してくれた。仕事はドイツと日本のほうがアメリカより多く、当時マル・ウォルドロンもミュンヘンに住んでいたそうだ。

『BLUE GIANT SUPREME』の単行本を読んでいると、巻末にクリスやこの時期の仲間が登場し、偉大な音楽家に成長した宮本大の往年の様子を語っていて面白い。クリスも十数年後に理系の研究者になり、ベルリン工科大学に職を得たことがこの回想でわかる。

ジャズの旋律、リズム、和音を
「沈黙のアンサンブル」で表現

 ヨーロッパへ旅立った若いジャズ演奏家の物語といえば、五木寛之のデビュー作『さらばモスクワ愚連隊』(講談社、1967年)を思わせる。主人公の設定などまったく違うが、ジャズを音以外で表現しているところは同じだ。五木は演奏をこう書いている。

「靴先で軽く床をたたく出の合図。さり気ない導入部の数小節。滑りこんでくるクラリネットとトランペットの同調の合奏。そして、思わず声をかけずにはいられない感動的な独奏の受け渡し。心臓の鼓動をおもわせるベースの底深い唸りと、旋律の流れを鋼鉄のタガのように締めあげるドラムのリズム……」(五木寛之『さらばモスクワ愚連隊』より)。