世界最高レベルのホスピタリティと奇跡とも呼ばれるサービスは、一朝一夕にできたわけではない。リッツ・カールトンはどのように伝説のサービスを生み出す組織になったのか? ゼロから現在のリッツ・カールトンを育て上げた伝説の創業者が語る成功法則。この連載では、同社の共同創業者、ホルスト・シュルツの著書『伝説の創業者が明かす リッツ・カールトン 最高の組織をゼロからつくる方法』(ホルスト・シュルツ著/御立英史訳)の記事からその驚くべきストーリーやノウハウを紹介していきます。

リッツ・カールトンの社員が上司に黙ってビーチに持ち込んだあのマシン

「お客様を維持する」ためにだけを考えた4人の社員

 組織の全員が一丸となって4つの重要課題に取り組むと、素晴らしいことが起こり始める。つまり、(1)いまいるお客様を維持する、(2)さらに新しいお客様を獲得する、(3)もっと利用していただく、(4)もっと効率よく活動するために組織を動かす―の4つである。

 メキシコのカンクンのビーチにある私たちのホテルに、新婚ほやほやのカップルがやってきた。夢にまで見た新婚旅行だったのだろう。ところが、滞在初日の午後に悲劇が起こった。新郎がビーチで結婚指輪を落としてしまったのだ。

 無理もないが、二人はひどく落ち込んでしまった。ビーチの担当者は、夫妻と一緒になって指輪を必死に探した。ほかのスタッフも呼び集め、砂浜にひざまずいて、指で砂を漉こすようにして探した。だが、見つけることはできなかった。新婦はヒステリー状態になって興奮し、そこから先の時間は悲しい空気に包まれてしまった。

 指輪を見つけるために、ほかに何か方法はないだろうか?
 ビーチに夜のとばりが下りた。だがスタッフたち4人は、「あの二人、気の毒だね」と、ささやきながら帰宅したりはしなかった。彼らは会社の最も重要な目標、特に最初の目標のことを懸命に考えた―お客様を維持する! お客様を維持する!

 4人は、取り乱している新婚夫婦を喜ばせるために、ほかに何かできることはないかと考えた。

 彼らは自らの判断で街に行き、自由裁量で使える2000ドルのエンパワーメント・マネーの一部を使って、4台の金属探知機を買った。そしてビーチに取って返し、昼間よりも体系立った方法でビーチ全体を探し始めたのだった。

 翌朝、朝食のためにレストランに入ってきた二人を、テーブルの上に置かれた結婚指輪が待っていた。

 どれほど喜びにあふれた歓声が上がったか、想像していただきたい。彼らはスタッフ、支配人、さらにはリッツ・カールトンの幹部たちにも賞賛の手紙を書いた(それで私もこの出来事を知った)。メディアもこのストーリーを報じた。それは私たちにとって、とてつもなくありがたいパブリシティとなった。

 後日、私はこう考えた。4人が金属探知機を購入する許可を上司に求めていたら、たぶん上司は1台しか許可しなかっただろう。だが、4人はあえて上司に相談せず、自分たちの判断で行動した。彼らはこの夫妻に、ここが世界最高のホテルチェーンであると知ってもらうために、夫妻の期待を超えて、さらにもう1マイル先まで行こうと決めたのだ。4人は、自分たちにはそれをする権限があると知っていた。実に正しい選択をしたと言うほかない。

 常に100%のお客様を喜ばせることはできない。しかし、そうしようと努力すべきだし、そうすることで失うものは何もない。