差し迫ったものからつまみ食い
スキルアップ狙いの根性論勉強法

 手前みそで恐縮だが、まずは筆者のケースから。筆者は社会人になってからそれなりに勉強してきた方だと思う。若いころは勉強が嫌いだったのでそのツケが回ってきた按配(あんばい)である。

 卒業後は新卒採用で企業に就職したが、当時はバンドでベースボーカリストとして大成することを夢見ていたのできっかり1年で退職し(会社、ならびに当時の上司に多大な迷惑をかけたことは今でも申し訳なく感じている)、貯金を利用してアメリカに2ヵ月の短期語学留学に行った。

 朝から昼過ぎまで語学学校に行き、帰宅してホームステイ先の子どもたちと遊ぶ。1日を終えるとホストマザーにグッドナイトと言って自室に戻って、3時間ほどみっちり英語の勉強をする。同居していた日本人留学生も貪欲だったので、「2人で話す時も日本語禁止」として徹底した。

 この期間の英語の勉強は本当に楽しかった。何しろ心を煩わすものが何もなく、ひたすら「英語を上達させる」ことだけを考えていればよかったからである。受験英語しか知らなかった自分にとって日常英会話は初めて学ぶ科目に等しく、その分、目に見えた上達があったのも楽しめた一因である。

 帰国してから英語の勉強が続くかと思いきや、知り合いの伝手(つて)でベースのサポート演奏の仕事が舞い込んできて、今度は音楽理論を学ぶ必要性を強く感じるようになった。ベースといえば旋律がある楽器で、作編曲もするようになっていた。理論を知らなくてもなんとかならないこともないが、知っていればさらに世界は広がるはずである。

 当時からライターをしていたが収入は微々たるもので、仕事がないということは時間がたっぷりあるということである。そこでほとんどニートのような状態で、実家で延々とベースとボーカルの練習と理論の勉強をした。

 これも成長が実感できて楽しかった。

 とはいえ、「自分は社会不適合者だ」という劣等感が常に自分を支配し、それを振り払うためか、より勉強・練習に精が出た。家賃のかからない実家暮らしという選択に関して、バンドメンバーからは「甘えている。ハングリーさが培われないのでは」と耳が痛い指摘もあったが、本人は「韓信の股くぐり」のつもりで悶々ともがき、結局バンドは解散したがベーシストやアレンジャーとして収入を得られるくらいのスキルにまで達することができた。

 時間は前後するが、ボーカルの方の練習は、ボイストレーニング教室と参考書に頼って行っていた。